WEBぶらあぼANNEX東京・春・音楽祭2019特設サイトでは、クラシック音楽情報誌『ぶらあぼ』の執筆陣に、東京春祭の魅力とおすすめ公演をアンケート。第3弾は、音楽ジャーナリスト、伊熊よし子のおすすめ公演をご紹介する。
文：伊熊よし子（音楽ジャーナリスト）
━━あなたにとっての東京春祭の魅力、楽しみ方は？
「東京・春・音楽祭」は4月生まれの私にとっていつも「自分のための音楽祭のようだ」と感じ、春爛漫の上野を散策し、桜を愛でながら祝祭気分を味わっている。独立したときは、ペンネームを「SAKURA」にしようかと思ったくらいだ（笑）。この音楽祭でもっとも注目しているのは、ふだん聴くことができない貴重な作品、アーティストの意欲的な選曲が堪能できること。親密的なホールや美術館などで披露される演奏は、アーティストの息遣いまで聴こえ、作品の内奥へと導かれる。それは一期一会のすばらしい瞬間を生み、ずっと心の奥の「感動」という名の泉から美しい水が湧き出て、留まるところを知らない。忘れがたい名演に出合う、それが東京春祭の一番の魅力だ。
━━おすすめ公演3つ。それぞれのお薦めポイントは？
●東京春祭 歌曲シリーズ vol.25
ブリン・ターフェル（バス・バリトン）（3月28日）
毎年、東京春祭の大きな楽しみのひとつに、歌手のリサイタルがある。東京文化会館小ホールのまろやかな響き、アットホームな空間で聴く歌曲の数々は、まさにこの音楽祭ならではの凝ったプログラムで、常に心温まる思いを抱く。ブリン・ターフェルは1992年に初来日してオペラをうたい、2001年の来日時にはリサイタルを開いた。いずれも彼の深々とした低音、俳優のような演技力、鍛え抜かれた表現力が発揮されたが、今回久しぶりの来日が決まり、心が高揚する思いである。《さまよえるオランダ人》のタイトルロールにも期待大。圧倒的な存在感を放つに違いない。さらにリサイタルでは、あの迫力ある歌声を間近に聴くことができる。ああ、しびれそう…。
●イゴール・レヴィット （ピアノ）I・II
〜THE VARIATIONS（4月11日、13日）
未来の大器と称されるイゴール・レヴィットは、1987年ロシアのノヴゴロド生まれ。8歳でドイツに移住し、現在はハノーファーを拠点に国際舞台で活躍。彼はベートーヴェン、バッハの録音で才能を遺憾なく発揮しているが、2014年にポリーニの代役としてウィーン楽友協会に登場、センセーションを巻き起こした。今回はバッハの「ゴルトベルク変奏曲」（4月11日）とベートーヴェンの「ディアベリ変奏曲」（4月13日）というプログラム。ウィーンでも演奏して絶賛されたジェフスキの「不屈の民」変奏曲という難曲も加わり、とてつもない才能が爆発しそうだ。レヴィットのピアノは生きる意味を考えさせ、奏者とともに音楽の深い森に分け入っていくよう。変奏曲の妙に心が奪われる。
●クララ・シューマン――生誕200年に寄せて
〜伊藤 恵（ピアノ）と仲間たち（4月5日）
毎年、作曲家のメモリアルイヤーはさまざまなものがあるが、2019年はロベルト・シューマンの妻でピアニストとして活躍し、また作曲家でもあったクララ・シューマンの生誕200年にあたる。伊藤恵はシューマンの作品をライフワークとしてきたが、今回は息の合った音楽仲間とともに、150年前に50代だったクララが行った最後のコンサートを再現するという画期的なプログラムを実践する。シューマン、ブラームス、メンデルスゾーン、ショパンをはじめ、その時代をリアルに映し出す作品がずらりと並び、得難い体験になりそうだ。こうしたこだわりのプログラムを聴くことができるのも東京春祭の醍醐味で、クララを知る絶好の機会。旧東京音楽学校奏楽堂の響きも特別だ。
【Profile】
伊熊よし子（いくま・よしこ）
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社勤務、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、1989年フリーに。音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBにも記事を執筆。アーティストのインタビューの仕事が多く、多い年で年間70名に話を聞いている。近著は「フジコ・ヘミング たどりつく力」（幻冬舎）、「ショパン大全集」（ユーキャン・共著）。
HP「伊熊よし子のークラシックはおいしいー」 http://yoshikoikuma.jp/
【公演情報】
●東京春祭 歌曲シリーズ vol.25
ブリン・ターフェル（バス・バリトン）
2019.3/28（木）19：00 東京文化会館 小ホール
●イゴール・レヴィット （ピアノ）I・II
〜THE VARIATIONS
【Ⅰ】2019.4/11（木） 19：00
【Ⅱ】2019.4/13（土）14：00
東京文化会館 小ホール
●クララ・シューマン――生誕200年に寄せて
〜伊藤恵（ピアノ）と仲間たち
2019.4/5（金） 18：30 旧東京音楽学校奏楽堂