加藤昌則(作曲・ピアノ)×鈴木准(テノール)〜その1

 3月から4月にかけて開催される東京・春・音楽祭では、今年から5年間にわたり、ベンジャミン・ブリテンの世界を紹介する。
 本公演の企画・構成を担当する作曲家・ピアニストの加藤昌則とブリテンの声楽作品をライフワークにするテノールの鈴木准に話を聞いた。
(取材・構成・文:高坂はる香 写真:寺司正彦)

■プロジェクト企画のきっかけ

ーー東京・春・音楽祭で5年にわたってブリテンをとりあげるプロジェクトがスタートします。プロジェクトに込められた想いをお聞かせください。

加藤(以下K) 今は、現代の音楽に携わる人にとって、ある意味生きにくい時代になっていると思います。コアな聴衆はいるけれど、多くの人にとっては現代音楽が縁遠いものになってしまっているからでしょう。
現代音楽の中で自分を主張しようとすると、誰もやったことのないアプローチやインパクトが求められます。とくに調性音楽を選択するときは覚悟が必要です。ほとんどのことはやりつくされた感がありますから。そのうえ、聴衆の心に合うものとなるとさらに難しい。メディアが発達して音楽の聴き方や選択の仕方も変わり、芸術の音楽とエンタテイメントの音楽の境も、どこにあるのかわからない時代になりました。
 そんななかで、20世紀を生きたブリテンの音楽には、調性を放棄していないながら、とても新しく、聴いたことのないサウンドがある。今を生きる自分にとって、何か答えがあるような気がするのです。
 ブリテンの作品には、わかりやすいインパクトはないけれど、“じわじわくる魅力”があります。これが現代における音楽の一つのアプローチなのだと、作品の中で語っているような気がするんですね。
でも、普段はブリテンのみのプログラムで演奏会を企画することはむずかしい。そんな中、東京・春・音楽祭で、一人の作曲家を取り上げたコアなシリーズをという話が出たので、思わず、ブリテン!と提案しました。

加藤昌則

■1年目はブリテンのエッセンスを

K 1年目にブリテンのエッセンスがつまったものを出し、編成を大きくしていって、5年目にはオペラを取り上げられたら、彼が生涯かけて音楽の中で語ったものを提示できるのではないか、これは音楽祭でなくてはできない意義のある企画だろうと。
 そうなると、まず歌曲は外せません。ブリテンに詳しくて信頼できる歌い手というと、准君しかいないと思って。連絡したら、雄叫びをあげて喜んでましたけど。

鈴木(以下S) はい、雄叫びあげましたね(笑)。やはりなかなか取り上げられない作曲家ですから。自主公演でなく、依頼という形でブリテンの演奏会の話をいただくのは、ソリストとしては初めてのことで、しかも東京春祭で歌えるなんて!と、嬉しくて。

鈴木准

K 僕と准君は同じ頃に東京藝大で勉強していたので、彼がブリテンの歌曲を研究しているということは、同級生から聞いていました。そもそも、どうしてイギリス歌曲に興味を持つようになったの?

S 大学4年生のとき、ウーヴェ・ハイルマン先生が提案してくださったことがきっかけです。オーディションや大学院の試験を受けるにあたって、定番のレパートリーに加えて20世紀の作品も勉強しておく必要があると、ヒンデミットとブリテンの歌曲が候補に挙げられました。その少し前、1999年、プレヴィン指揮NHK交響楽団のブリテン「春の交響曲」に合唱で参加していたのですが、これがとても難しかったので、特別な作曲家だという印象を刷り込まれていました。
 改めて、歌曲にはどんな作品があるのだろうと楽譜やCDを集めていったら、なじみのあったイタリア歌曲などの色恋を歌う内容とは一味違う、深い詩の世界が広がっていました。そのうえ、聴いたことのないようなハーモニーを持つすばらしい音楽にも魅了されてしまって。それで、ブリテンってどんな作曲家なのだろうとどんどんハマっていったのです。

■ブリテンとピーター・ピアーズ

K 作曲家にとって、歌曲ってやっぱり特別なんですよね。そして近くに重要な歌い手の存在があることが多い。ブリテンにとっては、人生のパートナーでもあったピーター・ピアーズの存在がありました。

S 僕が今回取り上げる曲の一つである「ミケランジェロの7つのソネット」は、ブリテンがピアーズのために、彼の声に合わせて書いた初めての歌曲集です。やはり歌曲を紹介するにあたってはこれを一番にもってきたいと思いました。
 ブリテンの歌曲にしてはめずらしく歌詞がイタリア語なのですが、これがかなりおもしろいんですよ。楽譜を見るとどうしてこんな風に書いてあるのだろうというところがけっこうあって。イタリアものの歌い手が、楽譜に書かれていなくても自然に加えて歌うような音を、前打音を使って全部書いてあるんです。

K 真面目なイギリス人の先生だったら、楽譜に書いてある通りに歌いなさいって言いかねないから、全部楽譜に書いたのかもね(笑)。

S ありえるよね。イタリア人が歌うときのクセや特徴を、ブリテンなりに消化した結果なのだと思います。イタリアものを専門にしている人にこの楽譜を見せると驚かれるけど(笑)。僕はベルカントのオペラを歌う機会はあまりないのですが、この曲を楽譜の通りに歌うと、一瞬、普段からイタリアものを歌う人のように聴こえるんですって(笑)。
(その2に続く)

ベンジャミン・ブリテンの世界I〜20世紀英国を生きた、才知溢れる作曲家の肖像
2017.3.26 [日] 15:00 上野学園 石橋メモリアルホール

■出演
企画・構成・お話:加藤昌則
チェロ:辻本玲
オーボエ:荒絵理子
テノール:鈴木准
ピアノ:加藤昌則、三浦友理枝

■曲目
ブリテン:
 《5つのワルツ》 より【ピアノ:加藤昌則】
  第2番 素速く、ウィットを持って
  第5番 変奏曲:静かに、そしてシンプルに
 組曲 《休日の日記》 op.5 より【ピアノ:三浦友理枝】
  第2曲 出帆
  第3曲 移動遊園地
 無伴奏チェロ組曲 第1番 op.72 より VI. 無窮動と第4の歌【チェロ:辻本玲】

 《オヴィディウスによる6つのメタモルフォーゼ》 op.49 より 【オーボエ:荒絵理子】

  パン、フェートン、バッカス、アレトゥーサ
 2つの昆虫の小品 【ピアノ:加藤昌則、オーボエ:荒絵理子】
  1. バッタ
  2. スズメバチ
 《ミケランジェロの7つのソネット》 op.22 【テノール:鈴木准、ピアノ:加藤昌則】

 チェロ・ソナタ ハ長調 op.65 【チェロ:辻本玲、ピアノ:三浦友理枝】
 夏の名残のバラ

■料金
S席¥3,600 A席¥2,100 U-25※¥1,500
※ U-25チケットは公式サイトのみでの取扱い