加藤昌則(作曲・ピアノ)×鈴木准(テノール)〜その2

 3月から4月にかけて開催される東京・春・音楽祭では、今年から5年間にわたり、ベンジャミン・ブリテンの世界を紹介する。
 本公演の企画・構成を担当する作曲家・ピアニストの加藤昌則とブリテンの声楽作品をライフワークにするテノールの鈴木准に話を聞いた。
(取材・構成・文:高坂はる香 写真:寺司正彦)

(承前)
■ブリテンの魅力

ーーブリテンの魅力はどのようなところに感じますか?

加藤(以下K) 作曲家、器楽奏者の立場から感じる魅力を挙げると、ブリテンがいかに楽器の特質を知り尽くした作曲家だったかという点ですね。たとえば有名な「青少年のための管弦楽入門」は、単に楽器の紹介があってにぎやかに終わるのではなく、オーケストレーション、楽器の使い方にたくさんのアイデアが込められています。作品中のナレーション、もっとそのすごさを伝えるために付け加えたいくらいだと思っているんです!
 今回、器楽曲も取り上げるのは、ブリテンが楽器の特質を生かして書いた作品を紹介したいと思ったから。すばらしいオーボエ奏者の荒絵理子さんが演奏してくれる「2つの昆虫の小品」は、虫の形態をオーボエ一本でよく表現しています。
そして、親交のあったロストロポーヴィチのために書かれたチェロ・ソナタは、この作品が大好きだという辻本玲君が演奏してくれます。彼は現代作品へのアプローチにとても良い感覚を持つチェリストなので楽しみです。そして三浦友理枝さんはイギリスで勉強したピアニストで、ソロもアンサンブルも抜群です。
 こんなメンバーが揃うのも、東京春祭ならでは。僕が個人的に声をかけたって集まるかわからない(笑)。

鈴木(以下S) とにかくブリテンには、同時代のヴィルトゥオーゾとの交流から生まれた作品がたくさんあります。デニス・ブレインのためのホルン作品、ジュリアン・ブリームのためのギター作品など……。
 これらは、音楽家同士尊敬し合う関係があったからこそ生まれた作品ですから、その意味では、現代の演奏家が挑戦するにあたってハードルが高いんです。時代柄、録音も残っていますし。そのイメージをどう覆すかを目指さなくてはいけない。
 でも、一度作品の魅力にとりつかれてしまうと、自分ならこうしたいというアイデアが沸いて、チャレンジしたいという気持ちに動かされるんですけれどね。

K 僕も自作を演奏することはよくあります。自作自演って演奏には確かに説得力があるし、それを上回るものはないみたいな気がしますよね。でも、それが必ずしも音楽的、芸術的に一番良いのかというと、そうとは限らないと思います。譜面の中にある想像の音の世界は、深めていくと、別の世界が広がっていきます。実際、別のアプローチで演奏されたものが魅力的になるということは、その作品がある種の普遍性を持つことの証明にもなるのではないかなと。
 ブリテンについても、そろそろ次の時代の人たちが、今の価値観をもって作品を提示する良い時期なのではないかと思います。

■ブリテンの人柄

K ……ところでブリテンって優しい人だったの?

S えっ? 会ったことないからねぇ(笑)。でもそういえば、ブリテンの作品にボーイ・アルトで参加したことがあるというテノールのジョン・エルウィスさんが、優しい人だったって言ってましたね。

K やっぱり! 作品から優しい人だということが感じられたんだよね。聴き手のことを考え、何かを投げかけているようなところがあって。

S オペラはとても暗いものばかりですが、作品の中では、弱者や孤独な人間に対して、慈しみ、光を当てるような優しいメロディがあてられていることが多いですね。どこか、音楽界で異端児扱いされていたブリテン自身が感じていた孤独を重ね合わせていたのではないかと思います。

■ブリテンと日本人

ーーブリテンの作品に、日本人の感性に合った要素を感じるところはありますか?

S スコットランド民謡の「蛍の光」などが親しまれているように、明治以降の音楽教育を受けている日本人にとって、イギリス民謡に由来する音楽って心に近いものがあると思います。演奏会でどんなに難しい曲をやっても、アンコールで「グリーンスリーヴス」をやったら全部持っていかれちゃうみたいな(笑)。その意味で、ブリテンの音楽もなじみやすいのではないでしょうか。

K 今回最初に取り上げる「5つのワルツ」は、ブリテンが子供の頃に書いた作品で、イギリスの民謡そのままという曲もあります。出発点がそこにある人ですから、底辺に流れているものは変わらなかったでしょう。自分たちにとって親しみやすいものが根底にある音楽だと思うと、聴こえ方も変わるかもしれませんね。
 それに、声楽曲にもイギリス民謡をアレンジしたものがよくあります。しかもそのアレンジがちょっとひねってある。ブリテンを知ったうえでこの“ひねり方”を聴くと、イギリス人の国民性と彼自身の個性が混ざって生まれたものならではの魅力を感じると思います。これがはじめに言ったような、“じわじわ来る魅力”なんですね。

ーー最後に、プロデュースの加藤さんから、ブリテンに興味を持ったみなさんへのメッセージをお願いします。

K ブリテンという作曲家を知っていて、でも曲を聴いたことはあまりないという方、ウエルカムです。旬のアーティストの演奏をブリテンの音楽で楽しむというアプローチもいいですね。
 興味はあるけれどはじめの一歩をどこに出したらいいかわからないという方にとって、その一歩目のお手伝いができると思います。今年来ていただけたら、あとは5年後までずっと僕がナビゲートしますので!
 今回は音楽祭だからこそできる素敵なプログラムを用意していますので、普段の演奏会の選択肢の枠を広げて、この機会にぜひ聴きに来てください。
(了)

■加藤昌則(作曲・ピアノ)×鈴木准(テノール)〜その1

ベンジャミン・ブリテンの世界I〜20世紀英国を生きた、才知溢れる作曲家の肖像
2017.3.26 [日] 15:00 上野学園 石橋メモリアルホール

■出演
企画・構成・お話:加藤昌則
チェロ:辻本玲
オーボエ:荒絵理子
テノール:鈴木准
ピアノ:加藤昌則、三浦友理枝

■曲目
ブリテン:
 《5つのワルツ》 より【ピアノ:加藤昌則】
  第2番 素速く、ウィットを持って
  第5番 変奏曲:静かに、そしてシンプルに
 組曲 《休日の日記》 op.5 より【ピアノ:三浦友理枝】
  第2曲 出帆
  第3曲 移動遊園地
 無伴奏チェロ組曲 第1番 op.72 より VI. 無窮動と第4の歌【チェロ:辻本玲】

 《オヴィディウスによる6つのメタモルフォーゼ》 op.49 より 【オーボエ:荒絵理子】

  パン、フェートン、バッカス、アレトゥーサ
 2つの昆虫の小品 【ピアノ:加藤昌則、オーボエ:荒絵理子】
  1. バッタ
  2. スズメバチ
 《ミケランジェロの7つのソネット》 op.22 【テノール:鈴木准、ピアノ:加藤昌則】

 チェロ・ソナタ ハ長調 op.65 【チェロ:辻本玲、ピアノ:三浦友理枝】
 夏の名残のバラ

■料金
S席¥3,600 A席¥2,100 U-25※¥1,500
※ U-25チケットは公式サイトのみでの取扱い