蔵(KURA)シック2016●(3)「奥様公認酒場 岩手屋本店」

 東京・春・音楽祭でクラシック音楽を存分に聴いたら、酒処で美味しいつまみと音楽談義を肴に日本酒を嗜む。
また、少し日本酒をひっかけたあとで、美しい音楽を鑑賞する・・・

 上野&湯島&根津エリアには、こだわりの地酒を揃える居酒屋の名店があちこちにあります。このコーナーでは、個性豊かな3店をご紹介し、日本酒とクラシック音楽のステキな関係に皆さんを誘います。

取材・文:山内聖子(SSI認定利き酒師・呑みますライター)
コンサートのセレクト&文&写真:編集部

 湯島駅から歩いてほんの数分。飲み屋がひしめく路地裏に足を踏み入れると、すぐに見えてくる赤提灯と大きな酒樽に思わず吸い寄せられる。
 ここは、岩手県の日本酒を飲むならばぜひとも訪れたい老舗酒場、創業昭和24年の「奥様公認酒場 岩手屋本店」である。
 “奥様公認酒場”という称号は、その昔、東京芸術大学の学生だった常連客によるものだ。これから結婚する妻に対して、自分が通っている「岩手屋」はいかがわしいところではないと安心してもらうために名づけさせたのだという。
「でも、そのお客さん。実際にうちだけで飲んでいるわけじゃないから、ある夜に奥さんがやってきて夫が不在だったもんだから、怒っちゃってね。そんなこともありました」と岩手県盛岡市出身の二代目、御年80歳の内村嘉男さんは笑う。
 とはいえ、かつて夫が不在だった妻は憤慨したようだが、「岩手屋」の常連客はどなたも紳士で安心して飲めるところは今も変わらない。だが、なかには芸術や音楽などに精通した強者も多く、一見、敷居が高い印象も受けてしまうが「いえいえ、普通のお客でいればいいんですよ。でも、酒もつまみも知らないものは素直に味わってほしいし、何でも知ったかぶりはいけません」と内村さんがやさしく諭してくれる。
 酒は「南部美人」や「のこんのゆき」など岩手県の銘柄のみを10種類ほど揃えるが、こちらに来たら必ず味わいたいのが「酔仙」の樽酒。
 東日本大震災(2011年)の際に蔵が津波にのまれたために、一時、姿を消したが翌年の復活と共に提供を再開。日本で味わえるのは「岩手屋」だけで、創業以来ずっと大切に付き合い続けている店の看板酒である。
「ほや」や「まつも」、「南部せんべ」など岩手に縁のある肴を合わせると、さらに酒がおいしくなって悩ましいほど手が止まらない。酒を盃にたっぷりと満たし、どうぞ、ゆるやかにしみじみと味わっていただきたい。

<日本酒>
酔仙 樽酒 750円

初秋の落ち葉を思わせる、ほのかな香ばしさと落ち着いた香りが特徴。
燗酒にするとふくよかな甘みが口に広がり、
しっとりした木の香りが余韻に残る。
<おすすめ公演>
東京春祭 歌曲シリーズ vol.18
クリストフ・プレガルディエン(テノール)
http://www.tokyo-harusai.com/program/page_3023.html

このお酒にはなんといってもプレガルディエンの「冬の旅」をおすすめします。「しっとり」や「木の香り」は、日本人の心となぜかとっても波長が合うこの歌曲集にやさしく寄り添ってくれるはずです。
 

 

 

 

 

 

 

 

<日本酒>
南部美人 純米吟醸 950円

パッと気分が華やぐ吟醸香。端正な酸味が米の旨味を引立てている。やや残る苦味は魚介系の肴にぴったり。洗練されたスタイリッシュな印象、味わい。
<おすすめ公演>
ウェールズ弦楽四重奏団
〜アレクサンダー・ロマノフスキーを迎えて
http://www.tokyo-harusai.com/program/page_3026.html

「気分が華やぐ」、「スタイリッシュ」そして「やや残る苦味」が特長のこのお酒には、ドビュッシーの弦楽四重奏曲が聴けるウェールズ弦楽四重奏団のコンサートはいかがでしょうか?、ドビュッシー独特の色彩感、そしてちょっと“スタイリッシュ”で“苦み”が効いたハーモニーが、岩手の銘酒と絶妙にマッチ(?)するはずです。
 

 

 

 

 

 

 

<日本酒>
のこんのゆき 遠野郷純米酒 800円

透明感があってミネラリー。サラリとした口当たりだが、じっくり味わっていると徐々に穏やかな酸味や甘みが出てくる。最初のスッキリした印象とは裏腹で、緻密で味わいの層が厚い。よくよく味わって飲みたい。
<おすすめ公演>
紀尾井シンフォニエッタ東京の“パーセル”と“ヘンデル”
〜新時代の古楽リーダー、リチャード・エガーを迎えて
http://www.tokyo-harusai.com/program/page_3123.html

「透明感」「穏やかな酸味」や「緻密」さのあるこのお酒にはパーセルとヘンデルの音楽が聴ける、紀尾井シンフォニエッタ東京のコンサートはいかがでしょうか。小編成のオーケストラによる緻密かつ透明感がある響きはバロック時代の名品と呼応してくれるに違いありません。
 

 

 

 

 

 

 

<料理>
このわたとホヤの塩辛「莫久来」680円、磯の香りがする「ほや」550円、バターをつけていただく「南部せんべ」390円、岩手の名産である海藻「まつも」470円
 

 

 

 
 

 

<店舗データ>
奥様公認酒場 岩手屋本店

東京都文京区湯島3-38-8
TEL 03-3836-9588
営業時間 16時〜21時半、土〜21時 日祝休
 

 

 

 

【プロフィール】
山内聖子(SSI認定利き酒師・呑みますライター)

1980年生まれ、岩手県盛岡市出身。“夜ごはんは米の酒”がモットーで、日本酒とは10年以上の付き合い。全国の酒蔵を巡りながら、dancyu、散歩の達人、Discover Japanなどの他、数々の週刊誌や書籍で日本酒について独自の切り口で執筆。他にも焼酎、ビール、あらゆる酒場、料理についても多数寄稿している。連載に「酒とツマミ究極の出会いを探して」(週刊大衆ヴィーナス)、「NEO・日本酒論〜飲み方の新提案から妄想までいいたい放題〜」(散歩の達人)、著書に『蔵を継ぐ』(双葉社)がある。