【街歩き番外編】野平一郎がこよなく愛する「てん婦羅 天寿ゞ」

 美食家としても知られる野平一郎さんにご案内いただいたのは、JR上野駅から徒歩数分ほどに位置する「てん婦羅 天寿ゞ」(てんぷら てんすず)だ。昭和3年の創業以来、三代にわたり江戸前の天ぷらの味を伝える上野広小路の老舗である。
 もともと天ぷらが好物という野平さん。20年程前のある日、東京芸大での講義を終えてふらりと立ち寄ったのが最初だった。

 「この辺りは“下町時間”が流れていて、お店の開店も閉店も早い。昔は大学の授業も夕方5時まででしたから、多い時には週に一度のペースで通ってましたね。こうしてカウンターに座り、ご主人と言葉を交わしながら、野菜も魚も季節の早くて出来のいいものを揚げてもらう。ビールか日本酒をいただきながら、ゆっくりと過ごす時間は格別ですね」

 ひのき一枚板のカウンターで、三代目ご主人の鈴木康夫さんが目の前で揚げてくれる天ぷらを味わう。さっくりと軽やかに揚がった車海老は、まろやかで優しい香りを放ち、口に含むとほのかな甘みが品良く伝わる。岩手の牡蠣はふわりとした食感に爽やかな旨味が滲む。

 ふきのとう、くわいなど新春を告げる野菜は、ほのかな苦みが幸福感を刺激してくれる(取材は1月中旬)。海の幸は朝に築地から届いたものを、野菜は生産者をよく知るものを仕入れるそうだ。ご主人がその日に最良の順番や野菜の組み合わせを考えながら、丁寧に揚げてくれる。

 「すーっと入って、けっして胸焼けのしない天ぷらでしょう? いくらでも食べられてしまうから、食べ過ぎ注意ですよ(笑)。塩でも天つゆでも、どちらでいただいても美味しい」

 こちらの天つゆは、鰹を三枚におろした「亀節」を削って作られる自家製とのこと。「『亀節』は血合いも含まれているため、奥行きのある味わいが出ます。削り節は手間が掛かりますが、手間の分だけ美味しさが違います。うちでお出しする野菜はすべて、手間をかけて大事に育てる生産者のものばかりです」とご主人。「ボイルされた食材などは一切扱わず、『生もののみを揚げる』という“縛り”を自分で設けています。縛りがあるからこそ、その中で精一杯工夫を凝らす。料理に“手間”と“縛り”は大切ですね」

 締めには青柳の貝柱がふんだんに使われたかき揚げを、ほうじ茶の天茶漬けでいただく。貝柱の凝縮された風味と、香ばしいほうじ茶のハーモニーが絶妙で、まだまだいけそうな後味の良さだ。
 「ここは昼間の天丼もいいですよ」と野平先生。「かつては長谷川伸や村上元三といった文人も通っていたそうです。畑中良輔先生も行きつけだった。文化的な生活を愛する方ならきっと、こちらの天ぷらがお好きだと思います」
 春の味を軽やかな天ぷらで。音楽会の余韻に包まれながら、江戸前の味に舌鼓を打つのはいかがだろうか。
(取材・文:飯田有抄 写真:M.Otsuka/TokyoMDE )


てん婦羅 天寿ゞ
TEL 03-3831-6360
東京都台東区上野2-6-7

JR 御徒町駅 北口 徒歩5分
地下鉄銀座線 上野広小路駅 A3番出口 徒歩1分
都営地下鉄大江戸線 上野御徒町駅 A3番出口 徒歩1分

営業時間:月・火・木〜日 11:30〜14:00/16:30〜21:00
定休日:水曜日

天ぷら Bコース(全6品)・・・5,500円(税込5,940円)
天ぷら Aコース(全5品)・・・4,500円(税込4,860円)
おまかせコース(全8品) ・・・7,500円(税込8,100円)

お店の詳細は以下のウェブサイトでご確認ください。
てん婦羅 天寿ゞ (ぐるなび)
http://r.gnavi.co.jp/g388000/

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