「15年近く病院で働き、年齢も社会的境遇も異なる様々な人々と接しました。今、オペラ歌手として多くの役柄を演じるにあたり、そのときの経験が自分の中で生きていると感じますね」
フォスターがバーミンガム音楽院に入学したのは1995年、31歳の時。英国の著名な教師であるパメラ・クックの元に学び、瞬く間に頭角を現わす。01年から10年間、ワイマールのドイツ国民劇場のアンサンブルに所属し、《タンホイザー》のエリーザベト、《さまよえるオランダ人》のゼンタ、《指環》のブリュンヒルデ、さらには、《エレクトラ》のタイトルロールなど、ドイツ・オペラの重要なドラマティック・ソプラノの役での評価を不動のものとしていった。06年には《影のない女》の皇后役でドレスデン国立歌劇場にデビューを果たし、大成功。評判はすぐに拡がり、前述のバイロイト音楽祭のデビューにつながってゆく。
「バイロイトは“タイムカプセル”のようだと感じました。他の世界と隔てられたバイロイトだけの世界があるのです。ピットに入るオーケストラには、ドイツ全土から素晴らしいメンバーが集まってくる。劇場全体がまるで一つの家族のようで、私の記憶にいつまでも残るような特別な経験でした」
いよいよ上演が迫る、東京・春・音楽祭の《ワルキューレ》の魅力について尋ねると、熱い口調で語り始めた。
「私は、《ワルキューレ》、次が《ジークフリート》という枠組みではなく、『ブリュンヒルデ』という一つの役で全体を捉えています。最初に登場するときは、親の教えに従順な十代の少女。それが、ジークフリートに死の告知をする場面に直面して、愛の力の前に純粋な気持ちを見出します。権力と愛の力が反射し合うのが《指環》の面白さで、なかでもブリュンヒルデとヴォータンによる《ワルキューレ》の終幕は、《指環》全体でも、もっとも感動的なシーンの一つだと思います。ブリュンヒルデには人間のあらゆる感情がつまっており、《ワルキューレ》から《神々の黄昏》までの長い旅を通して、彼女の成長の過程に同化できるのはこの上ない喜びです」
指揮のマレク・ヤノフスキとは、すでにベルリン放送響との《ジークフリート》で共演しており、この5月にはベルリンで演奏会形式の《エレクトラ》のタイトルロールを歌う予定。緊密な信頼関係ができあがっている。
「マエストロと共演できるのは本当に嬉しいです。ワインの熟成のように、ワーグナーの演奏には経験の差が如実に出るもの。私自身、ブリュンヒルデの役を以前より深く表現できるようになったと感じています」
取材・文: 中村真人
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年4月号から)
東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.6
《ニーベルングの指環》 第1日
《ワルキューレ》(演奏会形式/字幕・映像付)
マレク・ヤノフスキ(指揮) NHK交響楽団
出演/ロバート・ディーン・スミス(ジークムント) シム・インスン(フンディング) エギルス・シリンス(ヴォータン)
ワルトラウト・マイヤー(ジークリンデ) キャサリン・フォスター(ブリュンヒルデ) エリーザベト・クールマン(フリッカ) 他
4/4(土)(完売)、4/7(火)各日15:00 東京文化会館
問:東京・春・音楽祭チケットサービス03-3322-9966