時代を経ても変わらぬ女と男の想いを歌う
ウィーンを中心に活躍する中嶋彰子は、今もっとも注目される国際的な日本人ソプラノである。近年は、自らプロデュースする企画や演出、脚本などにも力を入れている中嶋が、この夏、ヤマハホールで行うプロデュース公演が「女と男の愛と生涯〜小菅優と共に〜」だ。
「数年前、小菅優さんとデュオ・リサイタルをした時に、何か特にやりたい曲があるかしら? とご本人にたずねたら、迷わず『シューマンの《女の愛と生涯》をやりたいです!』と返事が跳ね返ってきました。『描かれている繊細な詩に惹かれるの』と語ってくれたのを覚えています。コンチェルトやソロ公演で大活躍している迫力いっぱいの小菅優ではなく、もう一つの姿がそこにあり、じっくり話し合いながら音合わせをして本番に向かったことが印象に残っています。ヤマハホールでもぜひこの連作歌曲を、もう一度小菅さんと共演したいと、今度は私からお願いしました」
ひとりの女性の初恋から結婚、母になる喜び、そして夫との死別までを描いたシューマンの連作歌曲集《女の愛と生涯》は、特に1970年代から80年代にかけてフェミニズム運動が台頭してきた時代には敬遠されがちだったと聞く。
「この歌曲のもとになる詩は、ドイツの詩人シャミッソーが書いた詩集です。男性が想像する女性の感情の表現にはロマン派らしい寛大さがあります。それを好むかどうかには個人差がありますが、シューマンの音楽はピアノ部分の充実が素晴らしいだけでなく、テキストと音楽の結合という点での完成度が素晴らしい。シューベルトの遺産を受け継いで独自のロマン的様式を実現させた、シューマンの代表作であることは間違いありません」
時代の流行に左右されない芸術作品の価値を大切にしたいと語る中嶋。コンサート後半には、“男の愛と生涯”ということでベートーヴェンの連作歌曲集《遥かなる恋人に》を中心に置く。
「この連作歌曲集は、遠い地にいる恋人に対しての憧れ、希望、絶望に揺れる青年の切ない愛の心情が一方的に書かれているわけですが、私には、かつて北欧で昔話をしてくれた老人たちの姿が目に浮かぶのです。戦争に行ってしまった憧れの先生をいつか帰ってくると信じて生涯待ち続けた老婦人や、愛する人のそばで過ごすため小間使いとなり、秘めた気持ちは一言も語らずに人生を生きた男性など、その不器用で一途な愛情はベートーヴェン自身に重なります」
ドラマティックな表現力においては他の追随を許さない中嶋が描き出す、女と男の愛の姿。小菅優という稀代の名ピアニストとのコラボレーションにも期待は高まる。
取材・文:室田尚子
(ぶらあぼ2018年7月号より)
中嶋彰子プロデュース 女と男の愛と生涯〜小菅 優と共に〜
2018.8/2(木)19:00 ヤマハホール
問:ヤマハ銀座ビルインフォメーション03-3572-3171
http://www.yamahaginza.com/hall/