【2020年公演に向けたインタビュー】フォルクハルト・シュトイデ (トヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィーン芸術監督&コンサートマスター)

「ウィーン・プレミアム・コンサート」に聴くJ.シュトラウスⅡ世とドイツ音楽の魅力

取材・文:山田真一

 今年で18回目を迎える「トヨタ・マスター・プレイヤーズ, ウィーン」。ウィーン・フィルのメンバーと、選りすぐりの一流奏者からなる特別編成のオーケストラの評判は日本でも知られるところだ。彼等をして“TOMAS”と親愛を込めて呼ぶ芸術監督のフォルクハルト・シュトイデに今回のコンサートについて聞いた。シュトイデはウィーン・フィルのコンサートマスターとして日本でもお馴染みだ。


── 今年はヨハン・シュトラウスⅡ世らのウィンナ・ワルツやポルカを集めたもの、そしてバッハとベートーヴェンを組み合わせた2種類のプログラムがあります。ウィーンのアンサンブルのコンサートでは一晩でヨハン・シュトラウス一家の作品と他の器楽作品を演奏することも少なくありませんが、今回は二つに分けていることに理由はあるのでしょうか。

「そのような公演もあります。しかし、今年はベートーヴェン・イヤーということで、まずベートーヴェンを取り上げようと思い交響曲第5番を演奏するプログラムを考えました。となると、ヨハン・シュトラウス一家の作品と一緒に一晩で演奏するには組み合わせが悪い。シュトラウス一家の作品はとてもウィーンらしい作品ばかりで、ニューイヤーコンサートで取り上げているように一つのプログラムとして聴いていただいても十分楽しんでもらえるものだからです」


── ヨハン・シュトラウス一家の夕べは「ようこそワルツの祭典へ!」と銘打って、J.シュトラウスⅡ世の《こうもり》序曲から始まり、ワルツ「春の声」、ワルツ「加速」、ヨーゼフ・シュトラウスのポルカ・マズルカ「とんぼ」や「女心」と文字通り心も身体も踊るような曲ばかりです。対して、もう一つはベートーヴェンの「第5番」という重々しい作品とバッハとで“渋め”ですね。

「もう一つの理由としてベートーヴェンに加えて、バッハをぜひ演奏したいと思ったからです。実のところ、バッハをTOMASで以前からずっと弾きたいと考えていたのです。私はバッハが晩年に活躍したライプツィヒ生まれです。先日もバッハが仕事をした聖トーマス教会を訪問する機会がありましたが、特別なものを感じました。そして、やはり我々はぜひバッハを演奏すべきだと思ったのです」


── ライプツィヒの聖トーマス教会は今や世界中から観光客が集まる名所としても有名ですが、シュトイデさんほどのアーティストでもやはり霊感のようなものを感じられるのですね。

「その通りです。聖トーマス教会は、文字通り教会…つまり神の館であり演奏会場ではありませんが、バッハが実際に演奏をしていた場所です。音響的にはいわゆる音楽ホールとは違いますが、立派なオルガンもあり、器楽演奏をしても十分に曲の素晴らしさが伝わる素晴らしい場所です」


── 昨今、バッハ演奏は多くのいわゆる古楽奏者たちによって演奏されることが多いですが、シュトイデさん率いるTOMASはどのようなアプローチで迫りますか。

「私としては、まるで(バロックの)専門集団でないとバッハを取り上げないという現在の状況を残念に思っています。もちろん古楽器奏者たちの活動を否定するものではなく、むしろ現在のバッハ演奏に大きな刺激を与えた功績は大きいと感じています。しかし、古楽アプローチでない演奏方法でも十分バッハを演奏できると考えています。
クラシック演奏の世界では一つの曲が長年同じように演奏されてきた訳ではありません。バッハはロマン派の時代には楽譜にないピアノ伴奏を入れて“甘く”演奏されるといったこともあったのです」


── 古楽奏法についても、文献をもとにした“考察演奏”であり、本当に当時のままの再現とは限らないとも言われることもあります。

「ですからバッハをもっと自由に演奏して良いと思うのです。弦、弓も普段我々が使っているものを使用しますが、ウィーン・フィルにも古楽奏法で有名なアーノンクールがたびたび客演し、弓使いをはじめとして多くの影響を受けていることも少なくありません。そうした我々の経験とバッハに対する理解をもとに演奏したいと思います」


── 締めくくりはベートーヴェンの「第5番」ですが、あのような重厚な曲を30名ほどのプレイヤー、しかも指揮者なしで演奏するというのは大変ではありませんか?

「TOMASではベートーヴェンの交響曲を一通り演奏してきましたから問題ありません。終楽章は管楽器にトロンボーンなども加わるので弦楽器とのバランスをとる必要がありますが、和声的にもきちんと整った演奏をお届けできる自信はあります」


── 最後に、共演されるソリストの方たちについてコメントをいただけますか。

「ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番を弾く小菅優さんの評判は良くうかがっているので初共演を楽しみにしています。フルートのエルヴィン・クランバウアーとオーボエのベルンハルト・ハインリヒスは長年TOMASで演奏している仲間たちです。毎回、TOMASのメンバーから誰かをソロとして起用しています。『今回は君でいこう!』という感じで。ですから気心が知れているし、技量も万全ですから良いアンサンブルをお届けできると思っています」

トヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィーン


【Profile】

1971年ライプツィヒ生まれ。ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学やベルリン音楽大学で学ぶ。大学在学中よりオーケストラ奏者として活躍し、1994年にウィーン国立歌劇場管弦楽団のコンサートマスターに就任。98年よりウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に入団。99年よりコンサートマスターを務める。2002年シュトイデ弦楽四重奏団を結成するなど、室内楽やソロ活動も積極的に行っている。