小菅 優(ピアノ)インタビュー

メッセージ性があり、愛に溢れるベートーヴェンで勇気を与えたい

(C)Marco Borggreve

 もとは2020年に共演する予定だった小菅優とトヨタ・マスター・プレイヤーズ, ウィーン(TOMAS)。感染症の影響により残念ながら中止となったが、改めて21年3月に仕切り直しての日本公演が行われる。TOMASはウィーン・フィルのコンサートマスター、フォルクハルト・シュトイデ等ウィーン・フィルのメンバーを中心に編成された指揮者なしのオーケストラで、毎年のように来日し、多くのオーケストラファンたちを喜ばせているのは周知の通り。

 小菅とTOMASとはこれが初共演となる。演目はベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番ハ短調。ベートーヴェンのピアノ協奏曲の中でも作曲技法が飛躍した時期の作品で、欧米では第4番、第5番とともに演奏機会の多い名作だ。

 ハ短調というのは交響曲第5番やピアノ・ソナタ第8番「悲愴」にみられるように“悲劇的”かつ“運命的”なものを感じさせる調性。それまで発表されていたピアノ協奏曲と比べて「第3番はとてもシンフォニック。オーケストラの細かい扱いが大きく変化していて、もうロマン派のよう。一方で、カデンツァに見られるように、ピアノが即興的。それに転調の仕方が凄い。第1番からの飛躍は大きく、ベートーヴェンの変わり目の名作です」と小菅は語る。

 そして特に調性の使い方に小菅は注目する。
「第2楽章がとても印象的。主調から離れたホ長調のラルゴ。第1楽章の軍隊のようなリズムが常に響く緊張感から、何か祈るような調性になる。ぺダルの書き方が当時としてはとても斬新で、テンペスト・ソナタでもそうですが、ペダルを踏むことによって天国の世界へ導かれるような、そんな感じがあります。それにピアノが伴奏になって管楽器が歌う旋律がとても素晴らしい。ベートーヴェンはハーモニーを大変重視した作曲家ですが、その好例。メロディーがとてもきれいで、作曲家としてのベートーヴェンの成長を感じさせます。特に今回、ウィーンの一流のメンバーと共演できるのはとても幸せです」

 第3楽章でも同様に調性に注目する。
「転調が素晴らしい。ハ短調から始まってそこからかけ離れた変イ長調へ途中で移ります。するとどこか別世界にいくような気持ちになります。救済とか、なぐさめの世界を感じる。そこが好きです。そして、最後はハ長調へと変わっていく。シューベルトと比べて最終的に希望が見える。悲劇的なハ短調から最後にハ長調。とても開放的で、自由になれる。そんな音楽の構成をとても気に入っています」

 ドイツに長年住む小菅にとってもウィーンは特別な場所のようだ。
「人と街の“リズム感”がドイツとは違います。独特の柔らかさを感じる。ワルツから来るものでしょうか。街の持つリズム感が“円”なんですよね。ウィーンの音楽家たちは同じ世代であっても、外国人に比べて、自国についての歴史的な知識が豊富です。あの街には膨大な歴史があって、オペラの伝統も息づいている。ウィーン国立歌劇場でリヒャルト・シュトラウスのオペラ《カプリッチョ》を観たとき、弦楽六重奏で書かれた前奏曲に感動しました。音楽が縦線でなく、横線で流れる…ものすごく色気があるんですが、そうしたものがウィーンという街に染み付いているんですね」

 そんなウィーンからの音楽家たちによるオーケストラとの共演を「今からとても楽しみにしている」と言う。
「今回は比較的小編成なので室内楽的な対話を大切にしたいと思います。小編成だと、より抒情的になれます。初演当時も指揮者なしでした。ですから、この組み合わせならではの魅力を出したいですね。特に管楽器との距離が近いので音楽的な対話をしやすい。協奏曲を演奏する場合、私はソロのない管弦楽だけの部分もじっと聴いています。その流れの中で彼らと対話しつつ演奏します。ツアーでは日によって会場が変わり、音響的な環境も変わりますよね。それに協奏曲とはそもそもオケと対峙する音楽。相手がどう来るかわからない。相手にどう応えるか、こちらからどう投げられるかの勝負。ウィーンの演奏家のように伝統的な個性を持っている人たちだと、ベートーヴェンに対してどういう考えをもっているかとても興味深い。特に第3番はテンポなど自由さがあるので、楽しみです」

 コロナ禍で気持ちが下向きになりがちな今、「メッセージ性があり、愛に溢れているベートーヴェンで皆さんを勇気づけられたら」とツアーへの熱い思いを話してくれた。
取材・文:山田真一
(ぶらあぼ2021年2月号より)


【Profile】

2005年カーネギー・ホールで、翌06年にはザルツブルク音楽祭でそれぞれリサイタル・デビュー。その後も世界的な活躍を続ける。現在は様々なベートーヴェンのピアノ付き作品を徐々に取り上げる『ベートーヴェン詣』等に取り組む。14年第64回芸術選奨音楽部門 文部科学大臣新人賞、17年第48回サントリー音楽賞受賞。17年から4つの元素「水・火・風・大地」をテーマにした新リサイタル・シリーズ『Four Elements』に取り組み、20年秋に最終回を迎えた。

*本公演は、新型コロナウイルスの世界的感染拡大の影響および、現時点での新規入国停止の状況を踏まえ、全公演が中止となりました。(1/18主催者発表)
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。

【Information】
ウィーン・プレミアム・コンサート
トヨタ・マスター・プレイヤーズ, ウィーン

2021.3/17(水)19:00 愛知/愛知県芸術劇場コンサートホール(C) 
3/18(木)19:00 愛知/豊田市コンサートホール(A)
3/19(金)19:00 大阪/ザ・シンフォニーホール(B)      
3/21(日)14:00 宮城/東京エレクトロンホール宮城(B)
3/22(月)19:00 北海道/札幌文化芸術劇場 hitaru(A)   
3/23(火)19:00 東京/紀尾井ホール(A)
3/24(水)19:00 東京/サントリーホール(B)        
3/25(木)19:00 福岡/アクロス福岡シンフォニーホール(B)

《プログラムA》
J.シュトラウスⅡ:喜歌劇《こうもり》序曲、ワルツ「美しく青きドナウ」、同「春の声」、同「芸術家の生活」、ヴェルディの主題によるメロディー・カドリーユ
ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「女心」 他

《プログラムB》(小菅優出演)
J.S.バッハ:管弦楽組曲第2番/ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番、同:交響曲第5番「運命」 他

《プログラムC》
J.S.バッハ:オーボエとヴァイオリンのための協奏曲ニ短調(トヨタ・マスター・プレイヤーズ, ウィーン単独演奏)
ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」(名古屋フィルハーモニー交響楽団との合同演奏。指揮:秋山和慶)

問:ウィーン・プレミアム・コンサート事務局03-5210-7555 
https://www.toyota.co.jp/tomas/