ワーグナーが自身の不倫愛を反映したといわれ、私たちがしばしば「官能的」と表現する音楽を、子供たちはどう感じるのだろう。
昨年《さまよえるオランダ人》で始まった「東京春祭 for Kids 子どものためのワーグナー」は、バイロイト音楽祭との提携公演。現地では2009年にスタートして好評を得ている企画。長大なワーグナー作品を抜粋・短縮、台詞を交えるなど、子どもたちの理解を助ける工夫が凝らされている。今年は《トリスタンとイゾルデ》。全幕を上演すれば4時間ほどの楽劇が、90分程度に圧縮される。
昨年はバイロイトからカタリーナ・ワーグナー総裁が来日して直々に監修にあたった。台詞は日本語だが歌唱はドイツ語(字幕なし)。子どもたちにわかるのかという疑問が湧くのは当然だ。報道陣から「日本語訳で歌わせることは考えなかったのか?」と問われたカタリーナは、「まったく考えなかった」ときっぱり。そして「それは誰が言ってるの? 子どもたち?」と問い返して質問者を沈黙させる一幕も。かっこいい。もちろん、どちらが正しいのかという話ではないけれど、実際《オランダ人》では、飽きてお行儀が悪くなるような子どもはいなかったそう。必ずしも言葉の理解だけが重要ではなさそうだ(音楽が鳴り出した途端、その恐ろしさに泣き出した子はいたらしい。さすがワーグナー)。
会場が銀行のロビー・スペースというのもユニークな点。小劇場の芝居のような、ほんの数メートルの距離で繰り広げられる音楽とドラマは圧巻だ。今年は会場いっぱいに組まれる船の甲板が舞台となり、客席は船の両舷からそれを囲む。まるで舞台の上にいるような感覚で、目の前の歌手たちの、息づかいのひとつまで感じ取れる空間になるのではないか。
片寄純也(トリスタン/テノール)、並河寿美(イゾルデ/ソプラノ)、山下浩司(マルケ王/バス・バリトン)、友清崇(クルヴェナル /バリトン)ら、今年も頼もしい日本人歌手たちが揃った。昨年カタリーナは「日本にワーグナーを歌える歌手がこんなにいるのか」と驚いていたという。ちょっと誇らしい話。大人が観ても十分に納得のワーグナー上演。入場できるのは原則的に子どもたち(小学生以上18歳未満)とその保護者のみだが、2月28日以降、残席が大人向けに販売される。
文:宮本 明
*新型コロナウイルス感染症拡大の影響に伴い、本公演は中止となりました。(3/13主催者発表)
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
https://www.tokyo-harusai.com/news_jp/20200313/
【公演情報】
東京春祭 for Kids
子どものためのワーグナー《トリスタンとイゾルデ》(バイロイト音楽祭提携公演)
2020.3/28(土)13:30 、3/29(日)13:30、4/1(水)18:30、4/4(土)13:30、4/5(日)13:30
三井住友銀行東館ライジング・スクエア1階 アース・ガーデン
●出演
指揮:ダニエル・ガイス
トリスタン(テノール):片寄純也
マルケ王(バス・バリトン):山下浩司
イゾルデ(ソプラノ):並河寿美
クルヴェナル (バリトン):友清 崇
ブランゲーネ(メゾ・ソプラノ):中島郁子
メロート/若い水夫の声:伊藤達人
管弦楽:東京春祭特別オーケストラ
監修・芸術監督:カタリーナ・ワーグナー
●曲目
ワーグナー:楽劇 《トリスタンとイゾルデ》(編曲版)
※台詞部分は日本語、歌唱部分はドイツ語での上演です。