東京・春・音楽祭 2020の聴きどころを一挙紹介

春の上野といえば桜吹雪にクラシック、というイメージは音楽ファンには定着してきたのではなかろうか。昨年15周年という節目を迎えた東京・春・音楽祭は今年さらにパワーアップ。盛りだくさんのラインナップから見どころを押さえていこう。


ムーティのオペラ・アカデミーにワーグナー・シリーズ、
記念年のベートーヴェンは大作「ミサ・ソレムニス」と豪華ラインナップ

 まずは昨年スタートしたリッカルド・ムーティ「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」。オペラ指揮者としても名高いムーティが2015年にラヴェンナで開始したこのアカデミーは、イタリア・オペラの演奏の伝統を後代に伝えようとするもの。イタリア・オペラには楽譜に書かれていない慣習が多く、書かれた音符の裏の意図を見抜くだけでなく、実践の現場で代々受け継がれてきた知見も不可欠だ。その秘伝が東京でも開陳されるのはうれしい限り。

 三年間でヴェルディの3作品を取り上げるが、昨年の《リゴレット》に続き、今年のテーマは《マクベス》。このプロジェクトのために特別編成されたオーケストラをアカデミー指揮受講生が振り、巨匠がアドバイスする。本番までの約一週間にわたり濃密な時間を過ごし、その成果をムーティと指揮受講生による公演で披露する(3/6〜3/15 東京文化会館大ホール他)。ムーティの作品解説レクチャーも行われるが(3/6 東京オペラシティ コンサートホール)、昨年はイタリア人らしいユーモラスな一面も垣間見え、剛毅な音楽にコワモテを想像していたリスナーも親しみを感じたのではなかろうか。

左より:リッカルド・ムーティ C)Todd Rosenberg、マレク・ヤノフスキ C)Felix Broede、スペランツァ・スカップッチ C)Silvia Lelli

 音楽祭の柱となるワーグナー・シリーズ、今回は《トリスタンとイゾルデ》(4/2,4/5 東京文化会館大ホール)だが、これらに加えて今年から読売日本交響楽団をフィーチャーした「プッチーニ・シリーズ」もスタートする。17年のガラ、18年の「スターバト・マーテル」で見事なタクトさばきを見せたスペランツァ・スカップッチが再登場し、「三部作」を上演する(4/18 東京文化会館大ホール)。

 ヴェルディ、ワーグナー、プッチーニと、もっぱらオペラでしか聴けない作曲家を選んでいるあたり、的確にツボを押さえているが、東京春祭はオペラだけの祝祭ではない。今年はベートーヴェンの生誕250年アニヴァーサリーにあたり、「合唱の芸術」シリーズに「ミサ・ソレムニス」が登場する。「第九」とほぼ同時期に書かれたこの宗教的大作を指揮するのはマレク・ヤノフスキ。海外オケの来日公演ではベートーヴェンの名演を多く聴かせてくれたが、東京都交響楽団との顔合わせによる「ミサ・ソレ」は記念イヤーの中でもひときわ目を引く(4/12 東京文化会館大ホール)。

 ベートーヴェン関連では他にも総合的サウンド・アート「The Ninth Wave – Ode to Nature」(3/14 東京文化会館小ホール)、若手からベテランまでトップ奏者たちによる室内楽など、充実した公演が組まれているので、チェックしてほしい。


子どものためにアレンジされた《トリスタン》に期待

 東京春祭はまさに今、質・量ともに地域の枠を超えグローバルなオペラやクラシックの潮流に乗る音楽祭の一つへと育ちつつある。契機となったのがワーグナーの連続上演だが、昨年からはワーグナー上演の総本山とも言うべきバイロイト音楽祭との提携公演も始まっている。
 代々ワーグナー一族によって担われてきたこの音楽祭は、今や斬新な演出を通じ“実験劇場”として始祖のイメージを積極的に刷新しているが、そうした創造的破壊だけでなく、2009年にスタートした「子どものためのワーグナー」では、オペラ文化を次世代へとつなぐ試みにも乗り出している。オペラの本質は古今東西、老若男女が楽しめるドラマ。そのエッセンスをぎゅっと絞り、子ども向けに手を入れた。

 第一弾の《さまよえるオランダ人》に続き、今年もまたワーグナーのひ孫カタリーナの監修で《トリスタンとイゾルデ》が登場する(3/28〜4/5)。大手町の三井住友銀行東館 アース・ガーデンに舞台となる船が展開され、ストーリーは1時間半ほどに短縮されて、主要モティーフをちりばめつつ演劇仕立てで進んでいく。歌こそドイツ語だが会話部分は日本語だ。舞台と客席はシームレスにつながっているから、子どもたちは作品世界にスムーズに入っていけるはずだ。トリスタンに片寄純也、イゾルデに並河寿美など一線級歌手を贅沢に配しており、生声を至近距離から体で受け止めた子どもたちは、近づきにくいと思っていたオペラが意外に人間くさい物語であることに気づくだろう。ワーグナー体験をしたキッズの中から未来のディーヴァや英雄役が出てくるかもしれない。

2019年「子どものためのワーグナー《さまよえるオランダ人》」より
C)東京・春・音楽祭実行委員会/増田雄介


注目のピアニストや必聴の室内楽公演が目白押し

 東京春祭と言えばオペラ・合唱が真っ先にイメージされるけれど、室内楽やソロの公演にも見逃せない企画が綺羅星のように並んでいる。今年は特にピアノの当たり年で、旬のピアニスト、ここでしか聴けないピアニストが多く出演する。

 まず巨匠エリーザベト・レオンスカヤが今年も来日する。冷戦期にソ連からウィーンに移住し、孤高のピアニズムを紡いできたピアニストだが、日本では長年聴くことがかなわなかったレオンスカヤを東京へ招いたのも、東京春祭の功績だ。今回はモーツァルトにシェーンベルクやウェーベルンを挟んだ一夜(4/4)、そしてベートーヴェン後期三大ソナタを一気に弾く一夜(4/8)とソロでは二つのプログラムを披露。近年は指揮者・作曲家としても活動の幅を広げるオリ・ムストネンの自作を交えたプログラム(3/22)、日本でも人気が再燃しているデジュー・ラーンキのベートーヴェンを軸にした構成(4/15)なども、ピアノ好きにはたまらないだろう。変り種はフェルハン&フェルザンのエンダー姉妹。トルコ生まれの双子で、ヴィヴァルディ「四季」、ストラヴィンスキー「春の祭典」などに同じトルコ出身のファジル・サイの作品などを挟んだ、凝ったピアノ・デュオを披露(3/18)。

左より:エリーザベト・レオンスカヤ C)Marco Borggreve、オリ・ムストネン C)Heikki Tuuli、デジュー・ラーンキ
C)Palace of Arts – Budapest, Szilvia Csibi、フェルハン&フェルザン・エンダー C)Nancy Horowitz

 日本勢では世界的に活躍する若手、川口成彦がモーツァルトやベートーヴェンの協奏曲を、古楽オケをバックにフォルテピアノで演奏する(4/1)。進境著しい河村尚子はハーゲン・クァルテットのクレメンス・ハーゲンとベートーヴェンのチェロ全作品を取り上げ(4/9,4/10)、パリ在住の児玉桃は親しい名手たちとお得意のメシアン「世の終わりのための四重奏曲」で参戦する(4/15)。
文:江藤光紀
(ぶらあぼ2020年3月号より)

*新型コロナウイルス感染症の拡大の影響に伴い、海外からの渡航制限拡大により、予定していた出演者の来日がかなわなくなったたため、中止となった公演があります。(3/18主催者発表)
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
https://www.tokyo-harusai.com/news_jp/20200318/


東京・春・音楽祭2020
2020.3/13(金)〜4/18(土)
東京文化会館、東京藝術大学 奏楽堂(大学構内)、旧東京音楽学校奏楽堂
上野学園 石橋メモリアルホール、国立科学博物館、東京国立博物館、東京都美術館、
国立西洋美術館、上野の森美術館、東京キネマ倶楽部 他
問:東京・春・音楽祭実行委員会03-6743-1398
https://www.tokyo-harusai.com/