【特別エッセイ】音楽評論家・東条碩夫が聴く、東京春祭2019

 「東条碩夫のコンサート日記」でもおなじみの音楽評論家、東条碩夫。FM東京で数多くの音楽番組に携わり、書籍、内外のコンサートやオペラのレビュー、オペラ講座などでクラシック音楽の魅力を伝え続ける東条が、15周年を迎える東京春祭のプログラムを俯瞰し、なかでも特に聴きたい注目の公演について、その思いを語る。

文:東条碩夫(音楽評論家)

●東京春祭ワーグナー・シリーズ《さまよえるオランダ人》

 毎年1作ずつの演奏会形式による上演を重ね、わが国のワーグナー愛好者の人気を集めて来たこのシリーズも、そろそろ幕切れに近づいている。残るは《トリスタンとイゾルデ》のみになる勘定だ。その先は・・・・という話は別として、まずは今回の《さまよえるオランダ人》である。

 悪魔の呪いにより世界の海をさまよう幽霊船のオランダ人船長を主人公にしたこのオペラ。「スコアのあらゆるページから海風が吹きつけて来る」とまで評されたほど、海と嵐の雰囲気に満ち満ちている音楽だ。ワーグナーの比較的初期の作品だけに、「糸紡ぎの合唱」「水夫の合唱」など、口笛で吹けるような旋律も多い。彼もこんな楽しい歌を作曲していたのか、と、ワーグナーを初めて聴く人にも快く受け入れられるだろう。

 水夫や娘たちを歌う合唱の東京オペラシンガーズや、オランダ人役のブリン・ターフェル、それを救済する娘ゼンタ役のリカルダ・メルベートらの歌唱にも期待したい。オケはダーヴィト・アフカム指揮のN響だ(4/5,4/7・東京文化会館大ホール)。

 


●ムーティ指揮のヴェルディ《リゴレット》

 ワーグナーばかりがオペラではないぞ、という声があったかどうかはともかく、「東京春祭」にイタリア・オペラのヴェルディ《リゴレット》の演奏会形式上演が登場することになった。しかも指揮するのが大御所リッカルド・ムーティなのだから、人気も沸騰するに決まっている。

 ただしこれは、ただ全曲を普通に演奏する企画ではなく、彼がラヴェンナで行っている若い音楽家のためのアカデミーと連動するものだ。《リゴレット》(4/4・東京文化会館大ホール)の方はラヴェンナから招いたソリストを含めての抜粋上演になるが、むしろ私が強い興味を抱いているのは、ムーティ自ら教鞭を執る「イタリア・オペラ・アカデミー ㏌ 東京」(3/28〜4/4・東京藝術大学 第6ホール)の方である。

 しかも今回は「指揮者アカデミー」で、特にその初日には、夜7時から東京文化会館大ホールでムーティが「リゴレット」の作品解説をも行うという(3/28・東京文化会館大ホール)。これは一般の聴衆も聴くことができる。彼の話の面白いことは以前の講演会で実証済み。春祭最大の聴きものになるのではなかろうか、という気がする。

 

●大野和士指揮のシェーンベルク「グレの歌」

 近代ドイツの大作曲家シェーンベルクの作品は、もともと日本では演奏の機会が多くないが、その中でも10年に1度演奏される機会があるかどうかという大作『グレの歌』が、2019年にはなんと3つもかち合う。その一角を成すのが、東京都交響楽団と、その音楽監督・大野和士による演奏だ(4/14・東京文化会館大ホール)。

 シェーンベルクと言えば、厳めしい現代音楽の権化のようなイメージで捉えられているけれど、この「グレの歌」は、彼に19世紀の後期ロマン派の作風が未だ残っている時代の作品で、超大編成のオーケストラに声楽を加えた、雄渾壮大な、官能的かつ劇的な迫力に満ちあふれた音楽なのである。ストーリーも怪奇だ。

 絶好調の大野和士が制御する都響と東京オペラシンガーズ、藤村実穂子ら練達の歌手を揃えた演奏は、決して期待を裏切らないだろう。

 


●The 15th Anniversary Gala Concert

 「東京春祭」15周年のガラ・コンサート(4/12・東京文化会館大ホール)は、ワーグナーの作品を中心に、チャイコフスキーやヴェルディやR・シュトラウスの作品を織り交ぜた歌もの中心の演奏会だ。

 歌唱表現に秀でたエリーザベト・クールマンらが歌うのと、最近はオペラの演奏に図抜けた腕前を聴かせる読売日本交響楽団が、フィリップ・オーギャンの指揮で演奏するのが期待できる。

 

 

 

 

 


●素晴らしい演奏会はまだ他にも

 私の「推薦」が、どうしてもオペラや声楽ジャンルに偏ってしまうのは、好みの致すところなので、ご容赦ありたい。
 
 ただこれらの他、私は東京都美術館で開催される「クリムト展」(会期:2019.4/23〜7/10)関連の演奏会と、国立西洋美術館で開催される「ル・コルビュジエ」展(会期:2019.2/19〜5/19)関連の演奏会に、趣旨と、会場の雰囲気との調和という点で興味を持っている。

 後者のうち加藤訓子の打楽器によるクセナキス作品集(3/26・国立西洋美術館企画展示ロビー)など、きっといい世界になるのではないかと思う。

 


【Profile】
東条碩夫(トウジョウ・ヒロオ)

早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作全体に携わる。75年文化庁芸術祭大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」委嘱)制作。  のちFM静岡編成制作部長、FM東京制作一課長、「ミュージックバード」(CS-PCM衛星デジタル・ラジオ)編成部長等歴任。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿、TV、FM番組に出演。 ●著書「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(音楽之友社刊)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他、共著多数。
東条碩夫のコンサート日記 http://concertdiary.blog118.fc2.com


【公演情報】
東京春祭ワーグナー・シリーズvol.10
《さまよえるオランダ人》(演奏会形式/字幕・映像付)

2019.4/5(金)19:00、4/7(日)15:00 東京文化会館 大ホール

イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.1
リッカルド・ムーティによる《リゴレット》作品解説

2019.3/28(木)19:00 東京文化会館 大ホール

イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.1
《リゴレット》(演奏会形式/抜粋上演)

2019.4/4(木)19:00 東京文化会館 大ホール

東京春祭 合唱の芸術シリーズvol.6シェーンベルク《グレの歌》〜後期ロマン派最後の傑作
2019.4/14(日)15:00 東京文化会館 大ホール

The 15th Anniversary Gala Concert
2019.4/1(金)18:30 東京文化会館 大ホール

ミュージアム・コンサート
「ル・コルビュジエ 絵画から建築へ」展 記念コンサート vol.2
加藤訓子(パーカッション)

2019.3/26 (火)11:00/14:00 国立西洋美術館企画展示ロビー