【特別インタビュー】スカップッチが語る、ロッシーニ《スターバト・マーテル》

 昨年4月、〈東京・春・音楽祭2017〉の楽日にモーツァルト、ヴェルディ、ベッリーニ、ロッシーニ、ドニゼッティ、プッチーニのオペラの調べを指揮し、客席を大いに喜ばせたスペランツァ・スカップッチが、上野の春に、上野の杜に帰ってくる! 今年没後150年のメモリアルイヤーを迎えているロッシーニの逸品「スターバト・マーテル(聖母マリアの七つの悲しみ)」を携えて。

 エヴァ・メイ、マリアンナ・ピッツォラート、マルコ・チャポーニ、イルダール・アブドラザコフと、今をときめく独唱陣が顔を揃えた。東京オペラシンガーズ(合唱指揮:マティアス・ブラウアーと宮松重紀)に東京都交響楽団と、コーラス、オーケストラも万全だ。
「私は日本が大好き、この音楽祭が大好きです。東京の聴衆はとても温かく、音楽に深い関心を寄せて下さっています。東京は、私にとっては故郷に帰ってくるような気持ちにさせてくれる場所です。昨年と同様に、今年のコンサートもすばらしい経験となるよう期待しています」

 今をときめく指揮者スカップッチにとって、東京は故郷に帰ってくる場所!? しかしこれはよくある社交辞令ではない。
「初めて日本に来たのは2008年、ウィーン国立歌劇場と一緒でした。私はリッカルド・ムーティ指揮の《コジ・ファン・トゥッテ》の稽古ピアニストとして、また公演ではオーケストラピットに入りレチタティーヴォ・セッコ(通奏低音のチェンバロ)を務めました。すべてのレチタティーヴォを弾いたのです。次は2010年の東京春祭です。ムーティ指揮『カルミナ・ブラーナ』のピアニストでした。そして昨年(2017年)、みなさんの音楽祭で、日本での指揮者デビューを飾ることができたのです」

 これはという才媛、俊英を見出し、厳しく育てる。これはムーティの身上だ。スカップッチはムーティの秘蔵っ子だったのである。
「素晴らしい彼のもとでピアノを弾き、指揮をしながらたくさんのことを学びました。たくさんの仕事もご一緒しました。貴重な学びの経験でした。宗教音楽も、もちろん。彼のもとでピアニストとして取り組んできましたよ。
 しかし、指揮者の仕事、指揮をする素質自体は、自分自身の中から、誰の助けもなく自然に沸いてきたものだと思っています」

 ローマのサンタ・チェチーリア音楽院、ニューヨークのジュリアード音楽院で学んだ。ウィーン国立歌劇場の音楽スタッフに採用され、ほどなく頭角を現わす。オペラ指揮者は、コレペティトゥールと呼ばれる劇場の稽古ピアニストになり、そこから指揮者としての階段を上がってゆく──と、かつてはよく言われ、実際多くの指揮者がその「コース」を辿ったが、今その「コース」は消滅しかかっている。ひとつの劇場のなかで「出世」するシステムは、今機能していないのだ。劇場間における第1指揮者クラス、音楽監督代理や音楽総監督の異動はあるけれども。
 そんな厳しい状況の中、スカップッチは認められた。2016年11月、ロッシーニの《チェネレントラ》を指揮し、ウィーン国立歌劇場にデビュー。その時のクロリンダは、先日の東京春祭で賞賛を博した中村恵理だった。
「ウィーン・デビューは素晴らしい一夜でした(筆者注:彼女は数日後に《ラ・トラヴィアータ》も指揮した)。決して忘れることはないでしょう。私はウィーン国立歌劇場も愛しています」

 つい先日も彼女はウィーン国立歌劇場で《ラ・ボエーム》を指揮し賞賛を博した。さあ、楽都から東京のステージへ。出番が近づいてきた。ロッシーニの『スターバト・マーテル』を語る彼女の口調も熱い。
「疑いなく傑作です。この音楽を指揮する上で最も重要なことは、歌手と合唱と協調すること。そして“正しい雰囲気”を創ることです。
 レガートは、歌のソロのパートを支える際のみならず、オーケストラにとっても重要です。オーケストラは歌い、歌手たちをサポートしなければなりません。
 いっぽう、とても壮麗な作品でもあります。これを東京で指揮出来るなんて!」

C)Silvia Lelli

 ロッシーニのオペラを愛するファンは、もちろん多い。最晩年の佳品プティ・ミサ・ソレムニス(小荘厳ミサ曲)に想いを寄せるコーラス好きも、多い。
 1842年にパリのイタリア劇場で正式に初演され、詩人ハイネも高く評価した『スターバト・マーテル』全10曲も、ペルゴレージの『スターバト・マーテル』同様、宗教音楽の歴史に燦然と輝く。
「オーケストレーション(管弦楽法)や声楽のラインにおいて、ロッシーニのシリアスなオペラとの繋がりは、あると思います。しかし最も驚くべきことは、ロッシーニはこの『スターバト・マーテル』の合唱パートで対位法、対位旋律を使用しているところです。
 冒頭ソット・ヴォーチェの部分の“苦しみ”や厳粛な雰囲気、これも特別です」

 4月15日の日曜は、モーツァルトの交響曲第25番ト短調K.183も演奏される。
「音楽祭の事務局と決めました。モーツァルトの調性と『スターバト・マーテル』の終曲が同じト短調なのです。
 モーツァルトとロッシーニのコンサート。楽しみにいらしてください。Grazie!」
取材・文:奥田佳道


東京春祭 合唱の芸術シリーズ vol.5
ロッシーニ 《スターバト・マーテル》 (没後150年記念)
〜聖母マリアの七つの悲しみ

2018.4/15 (日)15:00
東京文化会館 大ホール

●出演
指揮:スペランツァ・スカップッチ
ソプラノ:エヴァ・メイ
メゾ・ソプラノ:マリアンナ・ピッツォラート
テノール:マルコ・チャポーニ
バス:イルダール・アブドラザコフ
管弦楽:東京都交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:マティアス・ブラウアー、宮松重紀

●曲目
モーツァルト:交響曲 第25番 ト短調 K.183
 I. Allegro con brio
 II. Andante
 III. Menuetto
 IV. Allegro
ロッシーニ:スターバト・マーテル
 第1曲 「悲しみの御母は立ちつくし」
 第2曲 「嘆きのその御魂は」
 第3曲 「涙を流さぬ者などいるだろうか」
 第4曲 「人々の罪のため」
 第5曲 「ああ御母よ、愛の泉よ」
 第6曲 「聖母よ、願わくは」
 第7曲 「キリストの死を負わせてください」
 第8曲 「業火と火炎の中で」
 第9曲 「身体が朽ちるときも」
 第10曲 「アーメン」

●料金

席種 S席 A席 B席 C席 D席 E席 U-25
料金 ¥13,900 ¥10,800 ¥8,700 ¥6,700 ¥4,600 ¥3,600 ¥2,100

※ U-25チケットは、公式サイトのみでの取扱い