上野の森の風物詩、東京・春・音楽祭が10年目を迎えた。2005年に始まった同音楽祭も年々成長を遂げ、昨年は120公演にのべ4万人を動員。桜の季節の人気イベントとなっている。10回目の今年も幾多の公演が行われるが、オペラや海外のスター演奏家以外に、実力者による興味深いコンサートも数多い。以下そのいくつかをピックアップしよう。
まずは『東京春祭マラソン・コンサート』(3/23)。昼夜5公演を通して特定の作曲家を追いかけるこの名物企画は、大家を様々な角度から味わい尽くせるうえ、普段演奏されない曲も聴けるのが実に嬉しい。今回のテーマは生誕150年を迎えた「リヒャルト・シュトラウスの生涯」。激動の時代を生きた大作曲家の最初から最期に至る美品が披露される。第Ⅰ部は作曲人生の始まりと到達点を知る「誕生」。管楽器作品のほか、6歳時の作「仕立屋のポルカ op.1」というレアものもある。第Ⅱ部は「イノック・アーデン」。これは19世紀イギリスの詩人テニスンの物語に拠る朗読音楽劇。「イノックが長い航海から戻ると妻は幼なじみと再婚していた。さて…」といったお話を、元NHKアナウンサーの松平定知と日本屈指のピアニスト・清水和音が語り聴かせる。以下、第Ⅲ部「交響詩、歌曲、室内楽の名曲」、第Ⅳ部「オペラもの」、晩年の澄み切った作品が並ぶ第Ⅴ部「辞世のうた」が続く。演奏者も、気鋭のウェールズ弦楽四重奏団、欧州での経験豊富なソプラノの横山恵子、そして在京オーケストラの首席奏者などトップ級がズラリ。長命なシュトラウスの多彩な世界を追う1日は充実感満点だし、試しに1公演を覗いてみるのもいい。
室内楽のお薦めは「偉大な芸術家の思い出に」(3/30)。ヴァイオリンの漆原啓子、チェロの向山佳絵子、ピアノの野平一郎という、東京春祭でお馴染みのヴィルトゥオーゾが、ピアノ・トリオの醍醐味を聴かせる。タイトルのチャイコフスキー渾身の大作では、3人の個性の応酬と絶妙な調和、そして恩人に捧げた音楽の感動を味わえるし、ドビュッシーのチェロ、ラヴェルのヴァイオリン各ソナタでは、デュオの妙味も堪能できる。
ソロでは「原田禎夫チェロ・リサイタル」(4/4)。東京クヮルテットの創設メンバーにしてソロや室内楽で活躍する原田が、半世紀以上にわたる音楽人生を3年かけて綴ってきたシリーズの最終回だけに、ここは見逃せない。彼が集大成として選んだのは、王道中の王道ベートーヴェンのソナタ。初期の第2番と後期の入り口に書かれた第4番・第5番で楽聖の進化を知ると同時に、原田自身の深化を実感できる。
アンサンブルでは「ウィーン室内合奏団」(4/10)。ウィーン・フィルのメンバーをはじめ、音楽の都で活躍する名手たちが伝統の響きを奏でる、会場に身を置けば安心満足のコンサートだ。プログラムはこちらも「オール・ベートーヴェン」。重厚な弦楽四重奏曲「セリオーソ」や作曲者存命時の人気ナンバーワンだった七重奏曲などの名作が披露されるので、本場の達人の妙技に酔いしれたい。
国立科学博物館、東京国立博物館、上野の森美術館等々の異空間で音楽を体感できる『ミュージアム・コンサート』も上野ならではの名物。様々なリサイタルや室内楽公演が開催されるが、ここでは東京都美術館のピアノ・シリーズ、中でも日本の名手が世界各地をテーマに「ピアノ音楽紀行」として開く4公演に着目したい。ウィーン・フィルのキュッヒルのパートナーを長年務める加藤洋之の「ウィーン」(3/22)、パリで学んだマルチな才人・山田武彦の「パリ」(3/29)、アメリカ生活が長い名奏者・江口玲の「ニューヨーク」(3/30)、そしてシベリウスやグリーグにも造詣が深い人気奏者・田部京子の「北欧」(4/6)のいずれもが、各自の持ち味を生かした興味津々の内容だ。
桜の蕾が花吹雪となる1ヶ月、今年も上野の森で音楽三昧に浸ろう!
文:柴田克彦
(ぶらあぼ2014年4月号から)
★3月14日(金)〜4月13日(日)
東京文化会館、上野学園石橋メモリアルホール、東京国立博物館、国立科学博物館、
国立西洋美術館、東京都美術館、上野の森美術館 他
問:東京・春・音楽祭チケットサービス03-3322-9966
※各公演の詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
http://www.tokyo-harusai.com