クラウス・フロリアン・フォークト(テノール)

ワーグナーを歌い終えた後の達成感は最高です


 2017年9月、バイエルン国立歌劇場日本公演で、ドイツの偉大なヘルデン・テノール、クラウス・フロリアン・フォークトはワーグナーの歌劇《タンホイザー》のタイトルロールを歌い、絶賛された。そのフォークトの次なる日本公演は、東京・春・音楽祭 2018でのワーグナーの歌劇《ローエングリン》のタイトルロール。東京春祭ワーグナー・シリーズのvol.9にあたり、演奏会形式での上演だ。
「オペラの演奏会形式というスタイルは、演出や舞台装置がない分、音楽に集中できます。視覚的要素がありませんから、自分ですべてを作り出していかなければなりません。ローエングリンという人物を自分なりの方法で表現し、説得力をもって聴衆に伝えていかなくてはならないのです。でも、とても自由な裁量が可能となりますので、そこに私自身はやりがいがあると感じています。音楽がすべてですから、歌に全面的に集中し、ローエングリンという役柄を感じ取ってほしいと思います」

 フォークトはこれまで何度も大きな舞台でローエングリンを歌っている。最初にこの役を歌ったのは、02年ドイツのエアフルト歌劇場だった。ほどなく同役で国際的な評価を得、06年メトロポリタン歌劇場、07年ミラノ・スカラ座、08年ウィーン国立歌劇場、11年バイロイト音楽祭へと歩みを進めている。
「それぞれの公演は演出がまったく異なり、メトロポリタンではローエングリンがつかみどころのない、人工的な人物として描かれました。スカラ座では確固たる構造の演出で、美的な物語となっていました。バイロイトでは近づきがたい人物として演じることになり、私自身新たな発見が数多くありました。いずれの舞台も、歌唱と演技と表現力と解釈などすべてを自分のなかで咀嚼し、その場に合わせたローエングリン像を作り出さねばなりません。それは大変なことですが、また楽しみでもあります。歌うごとに自分のなかで新たなローエングリンが生まれるからです」
 ワーグナーを歌うのは大きな喜びであり、歌い終わった後の達成感は最高だと語る。
「ワーグナーを歌うのはテノールにとって、とても名誉なことであり、また常に挑戦を強いられます。歌唱法、表現力、演技力、そして歌詞の発音など、すべてにおいて完璧を求められるからです。ローエングリンを初めて歌ったのは15年前ですが、最初はフィナーレまでどうしたら最高の声を維持できるかが分からず、苦労しました。でも、指揮者や演出家が自由に歌わせてくれたので、一つひとつの本番で学ぶことができました。いまは、15年前より表現力が増したと感じていますし、作品により近づくことができると思っています」

 毎回毎回が勝負だという。1回の舞台に全身全霊を傾け、2度と同じようには歌えないと。
「そこがオペラの醍醐味ではないでしょうか。生きた音楽、ナマの声、その場だけの臨場感あふれる舞台。そこで私は完全燃焼するわけです。どんな役でもその気持ちは変わりません。役になりきるために周到な準備を怠りませんが、その日の気分や調子で少しずつ表現や歌が変わる。それを楽しんでいるわけです」
 今回、共演する指揮者のウルフ・シルマーとは気心の知れた仲である。
「シルマーさんとはオペレッタで共演し、録音もしています。とても気持ちよく仕事ができましたし、すばらしい体験でした。彼は集中して正確な仕事をする人ですから、信頼感が生まれます。久しぶりに日本で共演するのが、とても楽しみです」
 フォークトは「東京春祭 歌曲シリーズ」の2回のリサイタルにも登場し、ドイツ・リートやオペレッタを歌う。1回目はハイドン、ブラームス、マーラー、R.シュトラウスの歌曲を、2回目は妻であるシルヴィア・クルーガーを迎え、リートからミュージカル『ウェスト・サイド物語』までをデュエットやソロで聴かせる。
「さまざまな歌曲を歌います。長年歌い込んできた曲ばかりです。私はいま、シューベルトの『冬の旅』を歌う準備に入っています。オペラではワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》が視野に入ってきています。ただし、もう少し時間が必要です。まずは、新たな《ローエングリン》を聴いていただきたいと思います」
取材・文:伊熊よし子 写真:藤本史昭
(ぶらあぼ2018年1月号より)

【Profile】
当代最高のワーグナー歌手の一人。ドイツ北部のホルシュタイン生まれ。まずホルンを学び、テノール歌手に転向。以後、主要歌劇場やバイロイト音楽祭、ザルツブルク音楽祭等で活躍。ワーグナー作品を中心にドラマティックな役を得意とするが、なかでもローエングリン役で、メトロポリタン歌劇場、ウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、ベルリン・ドイツ・オペラ、バイロイト音楽祭他に出演し、同役の新たなスタンダードを確立した。

【Information】
東京・春・音楽祭 ―東京のオペラの森2018―

●東京春祭 ワーグナー・シリーズ vol.9 《ローエングリン》(演奏会形式/字幕・映像付)
2018.4/5(木)17:00、4/8(日)15:00 東京文化会館(大ホール)

指揮:ウルフ・シルマー ローエングリン:クラウス・フロリアン・フォークト
エルザ:レジーネ・ハングラー テルラムント:エギルス・シリンス
オルトルート:ペトラ・ラング ハインリヒ王:アイン・アンガー 王の伝令:甲斐栄次郎 他
管弦楽:NHK交響楽団 合唱:東京オペラシンガーズ

●東京春祭 歌曲シリーズ
vol.23 クラウス・フロリアン・フォークト(テノール)Ⅰ 
2018.3/26(月)19:00 東京文化会館(小ホール)
vol.24 クラウス・フロリアン・フォークト(テノール)Ⅱ 〜シルヴィア・クルーガー(ソプラノ)を迎えて 
2018.4/11(水)19:00 東京文化会館(小ホール)

問:東京・春・音楽祭チケットサービス03-6379-5899 
http://www.tokyo-harusai.com/