「東京のオペラの森」に出演するダニエラ・バルチェローナ(メゾ・ソプラノ)

 3回目を迎える「東京のオペラの森」。今回のメイン《タンホイザー》は小澤の本格的なオペラ復帰公演ということで、多方面から期待が寄せられている。一方のオーケストラ公演も、昨年同様にリッカルド・ムーティを迎えこれまた豪華な内容となった。曲は、イタリア・オペラの2大巨匠の宗教曲。まず、ヴェルディの「聖歌四編」から“スターバト・マーテル”と“テ・デウム”。そしてロッシーニの「スターバト・マーテル」だ。「スターバト・マーテル」はオペラ・ブッファ作曲家としてのロッシーニではなく、よりシリアスで穏やかな情緒が前面に出ている。重厚な管弦楽と、ベルカント唱法が駆使されたソロが聞きものだ。エヴァ・メイ、ジュゼッペ・フィリアノーティ、イルデブランド・ダルカンジェロといったまるでオペラの主役たちのようなソリスト陣が、ムーティの指揮のもと、名唱を聴かせてくれることになるのだろう。
 そのなかのひとり、アルトのダニエラ・バルチェローナは、ロッシーニのオペラ・セリアでの男役などで知られるロッシーニ歌手の第一人者。ふだんの凛々しい男役からは想像もつかない、エレガントで女性的な香りが漂うグラマラスな美女だ。オペラ以外にこうした宗教作品を歌う機会は多いのだろうか。
 「宗教音楽は死の瞬間を表現すること。宗教音楽を歌う時には、気持ちを込めて、亡くなった人のことを思います。また、自己表現の機会を与えてくれた神に向けて歌います」
 イタリアの名歌手によって歌い継がれた「スターバト・マーテル」を歌う醍醐味について。
 「人間の内面からあふれ出る、豊かな感情を表現した親密な作品。悲しくも力強い。オペラと異なっています。不思議な音階と旋律が使われ、当時としては斬新的な曲だと思います。合唱4声がアカペラになる部分があり、そこでは人間が死にゆく瞬間を表している。世の中が止まっていくような、重い意味があります」
 歌う側からみて、ロッシーニとは?
 「ロッシーニは歌うのが難しいのですが、逆にロッシーニを歌うと何でも歌える気がします。歌う上では瞬間瞬間での選択が大事。ロッシーニは若い声楽家にとっても必要な作曲家だと思います」
 マエストロ・ムーティヘの印象は?
 「彼は素晴らしい音楽家。賢く、偉大な指揮者です。共演も多く、そのたびにたくさんのことを学びます。特に、オペラに対する考え方や様式について。彼の言うことは無駄がなく、何かをする時には必ず理由がつけられています。今後もバロック・オペラなどで共演し、今年はグルックの《オルフェオとエウリディーチェ》で歌います。ムーティは歌い手を律する指揮者のタイプです。非常に作品の「様式」に忠実で、オペラに統一感をもたせるため、勝手に装飾をしたり、ひとりだけ浮き立つ歌手はNGなのです。マエストロは作曲家の意志を汲んだ演奏の実現のためのサポートにまわる。音楽に誠実で柔らかな人なのです」
取材・文:城閣勉(編集部)
(ぶらあぼ2007年2月号から)

★4月2日(月)、4日(水)・すみだトリフオニーホール
問/東京のオベラの森03-3296-0600
www.tokyo-opera-nomori.com/