テーブルをみんなで囲む。そんな談話室のようなあったかい雰囲気の店内で、和菓子とともにめいめいが手にしているのは、お茶だけではなく、なんと日本酒。昼間から甘味と酒にほのぼの酔いしれている、お客の幸せそうな顔がいっぱいだった。
潜在的には昔からあったと思う。どこぞの文豪が、饅頭や羊羹をつまみに飲んでいたように、和菓子と日本酒の組み合せは日本人にとって(好き嫌いはさて置き)珍奇なものではないはずだ。
だが、「和菓子薫風」の提案は、“それ”とは格段にちがう。
なんとなく合う、ではない。互いが寄り添い、さらに高め合えるように計算し尽くされた相性。店主のつくださちこさんが生み出した、和菓子と日本酒の進化した組み合せなのだ。
であるから、和菓子といっても、ちまたにあるようなものではない。
「私が提案するのは、日本酒に合わせるための和菓子がテーマ。和菓子の技法にとらわれない、いわば、料理の延長線にある甘味です」
例えば、羊羹。白餡に練り込まれているのは、クランベリーやオレンジピール、ワイルドベリーなどのドライフルーツで、味つけにはスパイスを使っている。菓子よりも料理からヒントを得ることが多いという、つくださんだからこそ作ることができる一品である。
この和菓子に合わせてくれたのは、“木戸泉”の燗酒だ。猪口から立ち上る酒の甘い香りが羊羹のやさしい甘みと同調して、つづいて広がる酒のほのかな酸味がドライフルーツやスパイスの風味をいきいきと引き立てる。口のなかでいろんな味わいが次々とふくらむのが楽しくて、酒が進んでしまう相性だ。
「和菓子を通じて日本酒の魅力と可能性をもっと広げていきたい」
日本酒に苦手意識を持っている人にこそ味わってほしい、とつくださん。新感覚でおどろきの組み合せは、論より、まず体験していただきたい。
取材・文:山内聖子(利き酒師・呑みますライター) Photo:M.Otsuka/Tokyo MDE
【日本酒】
川鶴 純米 Wisdom(香川)
さらさらした口当たりでとても軽快な味わい。まるでラムネのような柑橘系のニュアンスもある。スッと消えてなくなる後キレのよさも心地いい。皮ごと使った柑橘系の和菓子「文旦の冬衣」と相性がよい。皮のほろ苦さがアクセントになり、よりフレッシュな酒の風味を味わえる。
鳳凰美田 初しぼり純米吟醸酒(栃木)
グラスに注いだ瞬間に、ふわりと匂う華やかな吟醸香が印象的。リッチでジューシーな甘みが口に広がる。合わせるならば、甘夏ピールとジャスミン茶のシロップを使った薫風の「寒天ぜんざい」がおすすめ。甘夏とジャスミン茶の苦味が酒の甘みを生かす。
木戸泉 白玉香 特別純米無濾過生原酒
常温よりも燗にしたほうが甘い香りが立ってくる。やわらかい口当たりで米の旨味がふわりと漂う。しみじみと長く飲みたくなる味わいだ。白い羊羹と合わせれば、隠れていた酸味が少し顔を出し、ドライフルーツとピタリと重なる。
諏訪泉 純米吟醸古酒1994
20年以上も熟成させた日本酒。枯れた香りとまろやかな旨味が特徴で、やや酸味が後を引くが、余韻は重たくなくカラリとしている。燗にするとさらに甘みが増して、黄身餡のこっくりした「季節の上生菓子」に寄り添う。
【和菓子】
●文旦の冬衣
挽きたての山椒がはいった求肥のなかに、白餡、文旦のコンフィをいれて包んだ。餡子の甘みと柑橘の爽快な風味、山椒の香りがほどよくマッチ。
●寒天ぜんざい
大納言と無農薬の甘夏ピール、ジャスミン茶のシロップのアンサンブルが絶妙な一品。寒天のつるりとした食感も楽しい。
●薫風の白い羊羹
オレンジピール、クランベリー、ワイルドベリーなどのドライフルーツのほか、カルダモンやコリアンダーシードなどスパイスも多用。
●季節の上生菓子
酉年をモチーフにした可愛らしい和菓子。黄身餡のほくほくした甘みがおいしい。
*日本酒、和菓子ともに一律540円。なお銘柄、和菓子は季節によって内容が異なります。
【店舗データ】
和菓子薫風
東京都文京区千駄木2-24-5
03-3824-3131
平日13時半〜20時、土日〜19時
月火休(土日は不定休)
【プロフィール】
山内聖子(SSI認定利き酒師・呑みますライター)
1980年生まれ、岩手県盛岡市出身。“夜ごはんは米の酒”がモットーで、日本酒とは10年以上の付き合い。全国の酒蔵を巡りながら、dancyu、散歩の達人、Discover Japanなどの他、数々の週刊誌や書籍で日本酒について独自の切り口で執筆。他にも焼酎、ビール、あらゆる酒場、料理についても多数寄稿している。連載に「酒とツマミ究極の出会いを探して」(週刊大衆ヴィーナス)、「NEO・日本酒論〜飲み方の新提案から妄想までいいたい放題〜」(散歩の達人)、著書に『蔵を継ぐ』(双葉社)がある。