開幕直前! 東京・春・音楽祭 ―東京のオペラの森2017―

春の訪れを告げる“上野の森”の風物詩となった「東京・春・音楽祭」(通称「東京春祭」)が、今年13年目を迎える。例年通り、選びきれないほどの多彩な公演が目白押しだが、ここでは「これぞ東京春祭ならでは!」とうならせる、見逃せない公演をピックアップ。春の上野で充実の時間を過ごしたい。
文:林 昌英(ぶらあぼ2017年3月号より)

■注目のイチオシ
〜アンドレアス・シャーガー & リディア・バイチ

左:アンドレアス・シャーガー C)David Jerusalem
右:リディア・バイチ C)Panfili

 あのアンドレアス・シャーガーが、東京春祭に帰ってくる!
 昨年4月、東京春祭ワーグナー・シリーズ《ジークフリート》のタイトルロールとして登場し、圧倒的な歌唱を披露。会場を大興奮の渦に巻き込み、語り草となるほどの鮮烈な印象を与えたのが、このシャーガーだ。その歌声を早くもこの3月に再び体験することができる。
 輝かしいヘルデンテノールとして知られる彼が、今度は小ホールでワーグナー「ヴェーゼンドンク歌曲集」にウィンナ・オペレッタの洒落たアリアなど、昨年とはまったく異なる一面を見せてくれるのだが、実はシャーガー、ヘルデンテノールに転向する前は抒情的なリリックテノールで、主にオペレッタの舞台で長く活動していた。楽しませるステージもお手のもの、その声と表情で聴衆を魅了してくれるはず。
 本公演は、テノールとヴァイオリンの共演も注目ポイントだ。ヴァイオリンのリディア・バイチは、サンクトペテルブルク生まれ、オーストリア育ち。世界中の名門オーケストラと共演を重ねていて、確かな技巧と情熱的な美音、そしてその可憐な容姿から、“ヴァイオリンの女神(ミューズ)”とも称えられている。今回はサン=サーンスやリスト、クライスラーなどのソロ作品で登場するほか、シャーガーの歌とも絡み合う。ふたりは既に同様の公演で何度も共演しており、自在なアンサンブルを披露してくれるはず。どんな演出になるのかは当日のお楽しみ。
 指揮のマティアス・フレッツベルガーは、優れたピアニストとしても知られ、作曲もこなす多才な音楽家。本公演では彼による編曲も多数披露される。以前からバイチとは世界各地で共演を重ね、シャーガーともやはり共演済みで、まさにこの舞台の理想的なサポート役。管弦楽は、沼尻竜典が音楽監督として磨きをかける気鋭のオーケストラ、トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア。豪華出演者たちが繰り広げる、新しいコンセプトのステージを存分に堪能したい。

Voice n’ Violin 〜アンドレアス・シャーガー & リディア・バイチ
3/19 (日)19:00 東京文化会館(小)


■楽しみながら学ぶ!〜知的好奇心をくすぐる公演

 体験機会の希少な作品や公演スタイルに出会うことができるのも、音楽祭の楽しみのひとつだろう。とくに東京春祭では、音楽作品と歴史・背景などを関連づけて体験できる、“楽しみながら学べる”公演が多い。そんな知的好奇心を刺激する公演のほんの一部を、開催日順にご紹介したい。
 知られざる作曲家や作品を再発見する「ディスカヴァリー・シリーズ vol.4」(3/20 上野学園 石橋メモリアルホール)は、「忘れられた音楽――禁じられた作曲家たち」がテーマ。戦争や政治体制に翻弄されて亡命せざるを得なかった作曲家たちの忘れられかけた佳品を、オーストリアのフルート奏者ウルリケ・アントンほかの演奏と、ウィーン国立音楽大学のゲロルド・グルーバー教授による解説付きで、芸術と時代について考察しながら鑑賞する。

左: ウルリケ・アントン 右:ゲロルド・グルーバー

 5年かけて作曲家ブリテンを紹介していく注目の新シリーズ「ベンジャミン・ブリテンの世界I」(3/26 上野学園 石橋メモリアルホール)。初回は室内楽と歌曲作品が取り上げられる。企画構成はピアニストの加藤昌則。「こういう企画は音楽祭でないとなかなか実現できず、本当にすばらしい機会」と意気込む加藤もトークとピアノで出演するほか、第一線で活躍する若手演奏家がそろい、複雑な時代を生きたブリテンの姿に迫っていく。

左:鈴木 准 右:加藤昌則
PhotoM.Terashi/TokyoMDE

 「語りと音楽――永井荷風」(3/29 東京文化会館・小)は、小説家の永井荷風が欧米で接したオペラの鑑賞記録をたどり、気鋭の歌手たちがその名旋律を再現する趣向。時は明治時代、永井が本場で体験した鮮烈さはいかばかりだったのか。元NHKアナウンサーの松平定知が永井の作品を朗読する。
 ひとつのテーマを様々な視点で紹介する「マラソン・コンサート」。その第7弾は、「《ロマン派》〜近代に生きた芸術家たち」と題して(4/8 東京文化会館・小)。19世紀ヨーロッパという時代が多様な「ロマン派」作品を通じて浮き彫りにされる。
 また、1月に「第15回〈齋藤秀雄メモリアル基金賞〉チェロ部門」を受賞したばかりの酒井淳による同賞受賞記念コンサート(4/9 上野学園 石橋メモリアルホール)にも注目。チェロとヴィオラ・ダ・ガンバを弾く酒井がその両方を奏で、J.S.バッハとF.クープラン作品の“新しさ”をひも解く。現代のチェロと作曲当時のガンバを同じ奏者・舞台で聴くことは、このうえない“学び”の機会ともなるだろう。

左:松平定知 右:酒井 淳 C)Sophia Albaric


■東京春祭ならではのミュージアム・コンサート

左:昨年の〈ナイトミュージアム〉コンサートより C)青柳 聡
右:昨年のミュージアム・コンサートより C)青柳 聡

 上野恩賜公園には多くの美術館と博物館が立ち並ぶ。通常は音楽とは離れたそれらの空間で開催されるのが「ミュージアム・コンサート」。上野の森ならではの環境を活かした好シリーズであり、同音楽祭の重要な柱のひとつになっている。
 本シリーズで会場となるのは、国立科学博物館、東京国立博物館、東京都美術館、国立西洋美術館、上野の森美術館。コンサートにあわせて展示も鑑賞すれば、目と耳から心を満たせる好機となる。同時期に開催される特別展を記念するコンサートでは、展示内容と関連する演目で当時の空気感も味わえる。
 国立科学博物館の〈ナイトミュージアム〉コンサート(3/23)はとくに注目。地球館の全フロアで複数回ずつ演奏とトークが行われ、展示空間を自由に移動しつつ多彩な実演を聴けるというレア体験が好評のコンサートだ。多くの展示物が鎮座する峻厳な空間で奏でられる音楽は、おのずと通常とは異なる空気をまとう。その体験は作品や演奏家の新たな魅力を発見できるチャンスにもつながっていく。

東京・春・音楽祭 ―東京のオペラの森2017―
2017.3/16(木)〜4/16(日) 東京文化会館、東京藝術大学 奏楽堂(大学構内)、上野学園 石橋メモリアルホール、
国立科学博物館、東京国立博物館、東京都美術館、国立西洋美術館、上野の森美術館 他
問:東京・春・音楽祭チケットサービス03-3322-9966 
http://www.tokyo-harusai.com/