アンドリス・ネルソンス(指揮)

 30代前半にしてネルソンスのキャリアはもの凄い。現在バーミンガム市響の音楽監督を務め、ベルリン・フィル、コンセルトヘボウ管をはじめとする一流オーケストラや、英国ロイヤル・オペラ、ウィーン国立歌劇場等のトップ歌劇場に軒並み客演している。そして初来日のパートナーもウィーン・フィルだった。
 2010年秋、その強者オケから緻密かつ躍動的な“自分の音楽”を引き出して驚嘆させた彼が、今年4月、東京・春・音楽祭の《ローエングリン》(演奏会形式)を指揮するため、再び来日する。今度は一方の柱であるオペラ。しかも2010年ワーグナーの聖地バイロイト音楽祭にデビューした際の演目だけに期待が膨らむ。
 「今回初めて訪れて、日本の皆さんの音楽に対する熱い思いと造詣の深さに感銘を受けました。《ローエングリン》をバイロイトの後にというオファー(元々は急な代役のウィーン・フィルよりも先)は、とても嬉しかったですし、そんな日本で大好きな作品を演奏できるのは本当に楽しみです」
 彼は、この作品を「人間的なオペラ」だと語る。「人間は常に、自分の問題を解決してくれる“救い主”の登場を求めています。ローエングリンは、まさしく天から来て問題を解決してくれる“救い主”です。しかし一方で、人間は悲しいマイナス面をもっています。せっかく来た“救い”を自らの手で壊してしまう。人間は歴史の中でこれを繰り返してきま
した。キリストが十字架にかけられたのが典型的な例です。この作品はそうした人間臭さが見事に描かれています。若きワーグナーが、人生とは何か?人間の存在とは何か?などを模索していた時代の作であり、《トリスタンとイゾルデ》の高みに至る大事なステップとなった作品とも言えるでしょう」
 音楽的には、《タンホイザー》のような“歌劇”と《トリスタン〜》に代表される“楽劇”の魅力を相持つ作品でもある。
 「《さまよえるオランダ人》《タンホイザー》の後、内容が一段と深くなり、ライトモティーフの兆しがはっきりと表れています。オルトルートやフリードリヒ(共に悪役)を表す木管が代表例。王を表す金管等も含めて、『これが鳴れば誰』といった方向性が示され、ワーグナーがドラマトゥルギーを完成しつつあることが見て取れます。中でも第2幕は、“悪”のモティーフが明瞭で、デュエットなども素晴らしい、マスターピースと呼ぶべき音楽です。もうひとつ忘れてならないのは、合唱の見事な使い方。ワーグナーはここで、合唱の位置付けを的確に見極め、効果的な使用法を確立しています」
 演奏会形式ならではの特長もある。
「ワーグナーは、自身が演出家であるかのように作曲しています。“音楽が語る力”は卓越したものがあり、特にオーケストラが大切な役割を担っています。普段は隠れている彼らが見える場所に位置する演奏会形式で、そうした重要な役割を“観て、聴ける”のは、とてもよいことです。それにこのオペラの演出は非常に複雑な作業です。その点今回は、聴衆が演出を気にせず、語る力を充分もつ音楽に専念することができます」
 彼にとってワーグナーは「大きな位置を占めている」という。
「5歳のとき、両親に連れられて初めて観たオペラが何と《タンホイザー》でした。以来、その印象が強烈に残っています。またワーグナーが若い頃、私の母国ラトヴィアの歌劇場の指揮者だったという繋がりもあります。バーミンガム市響でもすでに《ローエングリン》を演奏し、次は《トリスタン〜》を取り上げます。今後は《リング》全曲や《パルジファル》もぜひやりたいですね」
 彼は、師である同国の大先輩マリス・ヤンソンスから「音符の向こう側にあるものをしっかり読み取る」ことと「リハーサルでオケとの関係が構築されなければ音楽は作れない」ことを学び、若くしての活躍に関しては「興奮と責任の両方を感じる。ウィーン・フィルやベルリン・フィル(両雄とは今後も定期的な共演が決まっている)の場合、音色と伝統を学べる一方で、彼らのインスピレーションを刺激する音楽的アイディアや方向性をもっていないと指揮できない」と真摯に語る。
 そうした意味で今回注目されるのが、すでに「テレビ映像とCDで知っている」というNHK交響楽団との共演だ。昨年同音楽祭の《パルジファル》の圧倒的名演に大きく貢献した同楽団との、刺激に充ちた曲作りは興味津々。いま世界が注目する彼の本領に接し得る本公演は、音楽ファン必聴と言っても過言ではない。
写真:青柳聡 取材・文:柴田克彦
(ぶらあぼ2011年2月号から)

profile
アンドリス・ネルソンス

オペラとコンサートの両方で活躍する、現在最も人気のある若手指揮者の一人。1978年、ラトヴィアの首都リガの音楽一家に生まれる。サンクトペテルブルクで指揮を学び、同郷の指揮者マリス・ヤンソンスにも個人的に師事。2003年〜07年、ラトヴィア国立劇場音楽監督として多くの作品を指揮。08年、バーミンガム市交響楽団の音楽監督に就任し現在も同職にある。10年、バイロイト音楽祭に初登場し《ローエングリン》を指揮。10年秋、ベルリン・フィル、ウィーン・フィルに相次いでデビュー。同年11月のウィーン・フィル日本公演で初来日を果たす。

Concert
東京・春・音楽祭一東京のオペラの森2011
東京春祭ワーグナー・シリーズvol.2
ワーグナー:《ローエングリン》(演奏会形式)
アンドリス・ネルソンス(指揮)、ロバート・ディーン・スミス(ローエングリン)
ハイディ・メルトン(エルザ)、ゲルト・グロホウスキ(フリードリヒ)
リオバ・ブラウン(オルトルート)、クリストフ・フィシェッサー(ハインリヒ王)
ボアズ・ダニエル(王の伝令)
NHK交響楽団 東京オペラシンガーズ
★4月8日(金)、10日(日)・東京文化会館
問:東京・春・音楽祭実行委員会03-3296-0600
http://www.tokyo-harusai.com

※「東京・春・音楽祭一東京のオペラの森2011」
3月18日(金)〜4月10(日)上記公演を含め、東京・上野の文化施設で約60公演を開催