「この作品はワーグナーのオペラの中でも初期の作品です。しかし、すでにワーグナーとしての明確な特長を持っており、音楽的に作品の個性がしっかり確立された作品でもあります。上演に4夜かかる《ニーベルングの指環》に較べると構造が単純なのでは、という人もいますが、私はそうは思いません。なぜなら、ワーグナーが若いからこそ書けた、彼の作曲技法への細かいアイディアや、作品への熱い情熱、豊かな音楽性というものが感じられるからです。そうした視点から、彼の書いた音楽や歌を演奏することは、指揮者にとって大きな挑戦です。この作品は間違いなくオペラの傑作です。ですから、すべての部分について注意深く指揮する必要があるのです」
今回の演奏の大きな特長は、現在、オペラ・ハウスで主流となっている「パリ版」ではなく、ワーグナー自身が指揮をして初演した時の「ドレスデン版」のスコアによる演奏になることだ。
「『ドレスデン版』が良いか、それとも『パリ版』の方が良いか、という質問を受けることがありますが、どちらも優れたスコアで、私自身、両方気に入っています。ワーグナーはパリ版を書いたとき、有名なバレエ・シーン以外にも全体に様々な修正をほどこしています。ですから、それぞれ独立した作品なのです。パリ版ではオーケストレーションなどに進歩の跡がうかがえます。一方、音楽的にはドレスデン版の方が統一性があります。指揮するときは、その点に注意したいですね」
今回、タンホイザーにはバイロイトでもタイトル・ロールを歌ったステファン・グールド、エリーザベトにもやはりバイロイトに出演しパリ・シャトレ座でこの役を歌ったペトラ=マリア・シュニッツァーが出演。ヴォルフラムにはバイロイト経験者、マルクス・アイヒェといった実力派が揃う。フィッシャーは、彼等全員とすでに共演したことがあり、「それだけに、彼等の実力を知っているので、今回の演奏には安心して臨むことができます」と言う。
ところで、ふだんオペラ・ハウスで指揮することが多いフィッシャーにとって、演奏会形式での指揮とはどんなものなのだろうか。
「舞台がない方が指揮するのは楽に思われることがありますが、実はその逆です。なぜなら、3時間に及ぶオペラを舞台なしで演奏するということは、音楽と歌がすべてなわけです。ドラマはすべて音楽と歌だけで表現しなければならず、指揮者の仕事はとても重要になります。一方で、演奏会形式だと音楽的に純粋な演奏を志向することができます。その点で今回、東京での演奏を非常に楽しみにしています」
実際、フィッシャーは自らオーケストラを設立しているほど、コンサート指揮者としても豊かな経験と才能を持つ。また、彼がNHK交響楽団からどのようなサウンドを引き出すのかも注目だ。
昨年は震災により残念ながらキャンセルになった「東京春祭」のワーグナーシリーズだけに、ぜひとも聴いてみたい。
取材・文:山田真一
(ぶらあぼ2012年4月号から)
東京・春・音楽祭ー東京のオペラの森2012ー
東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.3《タンホイザー》(演奏会形式・映像付)
★4月5日(木)、8日(日)・東京文化会館
問:東京・春・音楽祭実行委員会03-3296-0600
http://www.tokyo-harusai.com
東京・春・音楽祭ー東京のオペラの森2012ー
★3月16日(金)〜4月8日(日)
会場:東京文化会館、東京国立博物館、国立科学博物館、国立西洋美術館、東京都美術館、上野の森美術館、旧東京音楽学校奏楽堂、上野学園石橋メモリアルホール、水上音楽堂(上野恩賜公園野外ステージ) 他
◎無料コンサート「桜の街の音楽会」開催
気軽にクラシック音楽を楽しむことができる無料※コンサート。今年も、上野公園を中心とした界隈に点在する、文化施設・歴史的建物・人気スポットに様々なアーティストが繰り出し、色とりどりの音色で“東京の春”を彩る。
※一部会場では、施設への入場料が必要となります。最新情報は上記ウェブサイトでご確認ください。