2012年にはじまった「東京春祭 Stravinsky シリーズ」。今年の演目は1918年、すでに「三大バレエ」を発表したストラヴィンスキーが、ロシア10月革命によりスイス亡命中に作曲した「兵士の物語」。語り手、兵士、悪魔の3人が登場する舞台作品だが、貧窮した状況下で小さな移動劇場のために書かれたため、それぞれ2人ずつの木管奏者(クラリネット、ファゴット)、金管奏者(トランペット、トロンボーン)、弦楽器奏者(ヴァイオリン、コントラバス)と打楽器奏者1人の計7人という独特の編成が特徴だ。兵士が悪魔に翻弄されながら浮き沈みを繰り返し、やがては悲劇的な結末へ向かう様子を描いている。今回の公演でヴァイオリンを担当する若き名手、長原幸太が、公演に向けた抱負や聴きどころを語ってくれた。
――「兵士の物語」を演奏されるのは7年ぶりだとか。
長原(以下N):僕がまだ大阪フィルのコンサートマスターをしていた頃に演奏しました。指揮者は当時の音楽監督、大植英次さんでした。ヴァイオリンの諧謔に満ちた旋律が非常に印象的な作品ですが、リズムがとても複雑なため、指揮者を始め共演者の実力や相性が重要です。今回はコントラバスの吉田秀さん(N響首席)やファゴットの吉田将さん(読響首席)など、錚々たる名手が集うので、非常に楽しみにしています。
――指揮者の久保田昌一さんは、2011年の「第1回シカゴ交響楽団ゲオルグ・ショルティ国際指揮者コンクール」で優勝。同響の音楽監督リッカルド・ムーティのもとで指揮研修員を務めている注目の若手ですね。
N:彼と共演するのは今回が初めてです。シカゴ響では、ムーティを始め、ハイティンク、デュトワ、デ・ワールトなどの著名指揮者による30プログラム以上の公演に携わっているそうなので、とても経験豊富な方だと思います。年齢的に近い方との共演は色々な意味で刺激になるので、お会いするのが楽しみです。同世代という意味では、打楽器の野本洋介さんは東京芸大時代の僕の同級生。作曲や編曲の分野でも活躍中のマルチな才能の持ち主なので、彼がこの作品の悪魔的なリズムをどのように表現するかにも注目したいですね。
――ずばり、ヴァイオリンでこの作品を演奏する難しさはどこにありますか。
N:先ほどもお話しましたが、単純なリズムの繰り返しに聴こえても、実はすべて変拍子で書かれていること。これは「春の祭典」の世界観に通じるものを感じます。また、トランペットやトロンボーンのような大音量の楽器が束になって響いてくるので、それに負けないようにしっかり音を出さなくてはいけないことですね。その点、今回は、トランペットの高橋敦さんもトロンボーンの小田桐寛之さんも、非常にマイルドな音色も出せる名手なので心強いです。
――演奏中にはヴァイオリンを壊すシーンが出てきますね。
N:前回は厚紙でヴァイオリンを作って、それを壊す形にしたのですが、今回の演出はどうなるんでしょうね。かつて、本物の楽器を壊してしまうのも面白いと考えたこともあるのですが、楽器に申し訳ないし、勿体ないですよね。
――長原さんのヴァイオリンと共に作品の重要な役割を担う語り役は、俳優の國村隼さん。どのような印象をお持ちですか。
N:この作品の語り役にふさわしいのは、渋い声で年齢が高めの男性。國村隼さんのキャスティングはまさにぴったりだと思います。彼の最近の出演で特に印象に残っているのが、『相棒』シリーズの元警視庁副総監役。小澤征爾さんの息子さん(小澤征悦さん)を撃つ(!)役をみごとに演じていらっしゃいました(笑)。
――今回は15時開演の当公演のほかに、同日11時開演の「子どものための『兵士のものがたり』」も行われます。こちらは、ロンドン響の元ヴァイオリン奏者で、現在は様々な芸術教育プログラムをプロデュースしているマイケル・スペンサーさんの語り&進行ですが、なにか弾き分けのようなものはお考えですか。
N:どちらの公演も打ち合わせはこれからになるので具体的にはお話できませんが、出演者と演出が異なれば、内容も当然違ったものになるでしょうね。彼は、音楽によって創造性や協調性を育む、創造・体験型のワークショップを数多く手がけている方ですね。「物語」ではなく、あえて「ものがたり」と銘打った意図が明らかになるのを、僕も聴き手の皆さんと同じようにワクワクしながら楽しみにしているところです。
取材・文:渡辺謙太郎 撮影:M.Terashi/TokyoMDE
◆公演情報◆
東京春祭のStravinsky vol.3
《兵士の物語》〜兵士と悪魔 – 語り、奏でる音楽劇の最高峰
3月16日(日)15:00開演(14:30開場)[約70分]
東京文化会館(小)
■出演
ヴァイオリン:長原幸太
コントラバス:吉田 秀
クラリネット:金子 平
ファゴット:吉田 将
トランペット:高橋 敦
トロンボーン:小田桐寛之
打楽器:野本洋介
指揮:久保田昌一
語り:國村 隼
子どものための《兵士のものがたり》
3月16日(日)11:00開演(10:30開場)[約60分]
東京文化会館(小)
■出演
語り・進行:マイケル・スペンサー
ヴァイオリン:長原幸太
コントラバス:吉田 秀
クラリネット:金子 平
ファゴット:吉田 将
トランペット:高橋 敦
トロンボーン:小田桐寛之
打楽器:野本洋介
指揮:久保田昌一
東京・春・音楽祭
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