ステファン・ウィンター(脚本/監督)インタビュー


古楽とジャズとノイズと映像が衝突する!
前代未聞の挑発的ベートーヴェンの世界

取材・文:林田直樹

 今もっとも刺激的でジャンルレスなレーベルのひとつ「Winter & Winter」の鬼才プロデューサー、ステファン・ウィンターが、ベートーヴェン生誕250年を記念して制作する、幻想的なライヴ「The Ninth Wave」がついに東京・春・音楽祭で全貌を現わす。

 交響曲第5、9番、ピアノ・ソナタ第30番、弦楽四重奏曲第14番、《フィデリオ》、「ミサ・ソレムニス」などを自在に引用し、あの天才写真家・荒木経惟とのコラボレーションで知られるフリージャズと現代音楽の第一人者・安田芙充央を作曲に起用、舞踊的要素を含んだ映像も加わるという舞台。しかも演奏家もジャズから古楽までカオス的なコラボレーション。一体何が起こるのか?
 今年一番熱いベートーヴェン・イベントのひとつとなることは間違いない今回のライヴ、その仕掛人であるステファン・ウィンター(脚本・監督・ノイズ演奏)にメール・インタビューをおこなった。


── ベートーヴェンの音楽の中の、どんな面に最も惹かれていますか?

 ベートーヴェンの作品は、当時フランスをはじめヨーロッパで起きていた革命の動きの影響を受けています。彼の本来の思想は自由、平等、兄弟愛に満ちていますが、残念なことに、しばしば悪用されるのです。かつては国家社会主義によって、そして現在も全体主義的なシステムによって。それは虐待されていると言ってもいいくらいです。
 彼の音楽には、私たちの未来への鍵である「悟り」があります。悟りと平等だけが、人類の断絶と破滅を防ぐことができます。そこに惹かれています。


── 台本によれば、ヨーロッパの難民の悲劇がベートーヴェンと結びつけられています。こうした作品を、アジアの中の大都市である東京で上演することの狙いは何でしょうか?

 
 18世紀の終わりから(すなわちベートーヴェンの生涯の間に)、産業化は私たちの社会にとって悪魔的な触媒として作用し、自然の変形と自己破壊への退化を促しました。ベートーヴェンはフランス革命の理想だけでなく、「自然」に対する愛を持っていたことを忘れてはなりません。
 今回のサウンドアート「The Ninth Wave – Ode to Nature」はベートーヴェンだけではなく、フランス・ロマン主義を代表する画家テオドール・ジェリコーの《メデューズ号の筏》として知られる絵画の難破船のシーンにも影響を受けています。ダンテの『神曲』、ドイツ・ロマン派の画家カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの《海辺の修道士》、葛飾北斎の《神奈川沖浪裏》にも。
 これらの音楽、絵画、物語が、常に新しい問いを私に投げかけてきます。そもそも芸術というものは、人類に疑問を投げかけるものなのです。
 「The Ninth Wave – Ode to Nature」は、自然に対する人間の破壊的行為、人間に対する人間の愚かな戦争、そして、その結果としての人間の行動全般を扱っています。
 世界中の難民たちは、サハラ砂漠で死に、地中海で溺れ、リビア、マレーシア、バングラデシュのキャンプで死んでいるのです。女性はレイプされ、子供たちは飢えています。
 新植民地主義で搾取された国々で生じた苦難は、私たちの時代の現実問題の一つです。ローカルな問題ではなく、地球に生きる私たち全員に関係するグローバルな問題なのです。


── 古楽やジャズの音楽家たちを集め、異質なものを衝突させ、そこにノイズや映像を加えることの、狙いを教えてください。

 私は音、色、イメージ、動きの、すべての力を物語に使います。古楽、クラシック音楽、ジャズといった分類には全く興味はありません。音色だけを聴くのです。異なるジャンルから偏見のないミュージシャンとアーティストを集めるのが、私は大好きなのです。緊張、議論、会話、インスピレーションを生み出しますから。

 私は映画監督ではありませんが、“生きた絵画”を制作しているつもりです。それが受け手の中に新しいイメージを醸成できるなら、それこそが嬉しいことです。
 今回の舞台の“生きた絵画”の主役は、ダンサー・振付師の辻田暁です。彼女は創造、有限性、美しさ、孤独感、探索、逃避、無力、憎しみ、荒廃を象徴しています。このインスタレーションは、コンサートホールを素晴らしい音とイメージの世界に変えるだけでなく、聴衆の想像力を刺激することを目的としています。


── あなたの作り出すノイズは、現代のコンピュータの技術ではなく、アナログな方法を使うとうかがっています。あなたのノイズについての哲学をお教えください。サウンドアートにおいて、ノイズはどのようにあるべきなのですか。

 ノイズ・アートは常に私にとって大きな魅力です。「The Ninth Wave – Ode to Nature」では、すべての音が手仕事で作られます。何十年も私は、世界中で海の波の音を録音してきました。すべての海岸、すべてのうねり、すべてのしぶきは、異なります。私は海に行って絶え間なく繰り返される波の音を体験し、それをマイクで捉えるのが大好きですが、この作品では、衣服、体、表面を手で動かす動きの音が、想像力をかきたてるノイズを作り出すのです。

 私たちが音の世界と呼ぶものは、無意識の世界と呼ぶこともできます。私にとって音とは、潜在意識の奥深くに埋もれている可能性のある記憶を呼び起こす、内なる声なのです。


── ベートーヴェンの「歓喜の歌」は、「人類皆兄弟」という一語に集約されてしまう、単なるわかりやすいスローガンだけにとどまらない、深いものがあるように思われます。「歓喜の歌」の意味について、あなたのお考えをお聞かせください。

 シラーによるこの素晴らしい詩は、幸福、愛、自由への歌、平和と連帯だけでなく、自然への歌の表現でもあります。私たちは新しい人類の時代に到達しています。人類は、地球と環境に最も影響を与える要因のひとつとなったのです。これは大きな岐路です。ダンテなら、「道に迷い、深い森にいる」と言うでしょう。
 私たちの道はどこに向かっていますか? 侵略、対立、排除、抑圧、貧しい人の消滅へ? または、悟り、機会の平等、権利の平等、平和の道を尊重しますか?

 以上が、ステファン・ウィンターへのメール・インタビューの核心部である。
 「The Ninth Wave – Ode to Nature」は、まったく新しい視覚的・聴覚的イメージによって、ベートーヴェンを現代的でアクチュアルな問題としてとらえ直すことのできる、またとない機会となりそうである。なお、今回の公演後、ボンのベートーヴェン・ハウスや、イスタンブールでの公演も予定されているという。東京・春・音楽祭が、いよいよその発火点となる。


*新型コロナウイルスの感染症拡大防止を考慮し、本公演は無観客ライブ・ストリーミング配信(無料)のみでの開催となりました。(3/5主催者発表)
視聴リンク:http://gate2.primeseat.net/spf/20200314021/


■The Ninth Wave – Ode to Natureトレイラー

【公演情報】
The Ninth Wave – Ode to Nature
目で聴き、耳で視る『ベートーヴェン』

2020.3/14(土)14:00、18:00 東京文化会館 小ホール
*各公演約80分

●出演
脚本/監督:ステファン・ウィンター
作曲:安田芙充央
ピアノ:フェルハン&フェルザン・エンダー
ヴィオラ:林 徹也
オーボエ:カタリーナ・ズスケ
クラリネット:ヨアヒム・バーデンホルスト
バス・クラリネット:ギャレス・デイヴィス
指揮:アーロン・ザピコ
ノイズ・アート:ステファン・ウィンター
ダンス(映像出演)/振付/ノイズ・アート:辻田 暁
企画:髙橋真理子(Neue Klangkunst gGmbH)

●曲目
The Ninth Wave
Ode to Nature
Sound Art after Ludwig van Beethoven

[PART I] 無限の青 Infinite Blue
 1. 水と空気 (静かな海と楽しい航海 op.112)
 2. 死後の世界 (ピアノ・ソナタ 第30番 op.109)
 3. 海の泡 (弦楽四重奏曲 第14番 op.131 & 大フーガ op.133)
[PART II] 深い緑 Deep Green
 1. 森 (《フィデリオ》 より 囚人たちの合唱)
 2. さまよう (交響曲 第5番 op.67 より 第2楽章)
 3. 滝の下 (ミサ・ソレムニス op.123 より ベネディクトゥス)
[PART III] 赤のゾーン Zone Red
 1. 三途の川の岸辺 (交響曲 第7番 op.92 より 第2楽章)
 2. 赤い雨 (《フィデリオ》 より 囚人たちの合唱)
 3. 大きな波 (交響曲 第9番 op.125 より 第4楽章 「歓喜の歌」)

※The Ninth Waveは、ベートーヴェンの楽曲をもとに構成された、音楽、ノイズ・アート、パフォーマンス、映像、視覚芸術を多角的に組み合わせたサウンド・アート作品です。