桜の季節に上野で開催される《東京・春・音楽祭》は、素敵な音楽と共に春を感じる心愉しい風物詩。前身の《東京のオペラの森》から通算9年目の今年も、様々な文化施設で100以上の演奏会が行われる。内容は驚くほど盛り沢山。そこで注目の公演をピックアップしよう。
まずは恒例の〈マラソン・コンサート〉(3/23)。これは、1つのテーマのもと、東京文化会館小ホールで1日5公演を行う名物企画。今年は生誕200年の「ワーグナーとヴェルディ」に因んだ公演が並ぶ。1番手「ヴァイオリンとピアノによる《ニーベルングの指環》」は、隠れた作品の紹介に燃える佐藤久成(ヴァイオリン)の面目躍如たる内容。その後に、3人のピアニストが奏でるオペラ作品、チェロの古川展生等が披露するワーグナーの影響を受けた人々の作品、まとめて聴くのは稀なヴェルディの歌曲&室内楽、ワーグナーの死にまつわる作品…といった公演が続く。どれも普段体験できない内容なので、1日を投じる価値は高い。
〈東京春祭 歌曲シリーズ〉は、世界的歌手を東京文化会館の小ホールでじっくり聴ける嬉しい企画。今回は3人が登場する。中でもクラウス・フロリアン・フォークトは今話題のテノールだが、ここでは他の2人に光を当てたい。1人目はオランダ出身のクリスティアーネ・ストーティン(メゾソプラノ)(3/22)。リートを中心に、ウィーンのムジークフェライン、カーネギー・ホール等を沸かせている彼女は、バラエティ豊かな演目で、知性と情感溢れるリリックな歌声を満喫させる。もう1人はウィーン国立歌劇場の看板歌手アドリアン・エレート(バリトン)(3/28)。今年の東京春祭で《マイスタージンガー》のベックメッサーを歌うほか、新国立劇場でもお馴染みの彼は、シューマンの名作、記念イヤーのブリテン、ワーグナー等の絶妙な演目で、気品ある声と類い稀な表現力を聴かせる。
東京文化会館小ホールでは他に、アレクサンドル・メルニコフのピアノ・リサイタルが魅力的(3/29)。彼は、ロシア人らしい迫力と音楽の深奥に迫る深みを併せ持った名手であり、日本では昨年ショスタコーヴィチの大作「24の前奏曲とフーガ」全曲演奏で聴衆を感嘆させた。今回はシューベルトとブラームスの青年期と晩年の作を対照させる意味深いプログラムを持参。常に新鮮な驚きを与えてくれる彼だけにここも聴き逃せない。
〈ミュージアム・コンサート〉は上野ならではの楽しみ。国立科学博物館では、ハンガリー出身のヴァイオリンとチェロのデュオ、ヤーヴォルカイ兄弟が面白い(4/5)。ロマの血を引く彼らの情熱的な演奏は興奮必至だ。ガラテア弦楽四重奏団も要注目(4/6)。国籍や文化の違う若者たちがスイスで結成した同団は、それゆえの清新な音楽作りと斬新なプログラミングが独自の魅力を成す。
東京国立博物館での定番シリーズ〈東博でバッハ〉では、日本を代表するヴィオラ奏者・川本嘉子が、何とヴィオラでの「無伴奏チェロ組曲」全曲に挑む(4/5)。チェロとはひと味違った、柔らかくこまやかな演奏に期待。また、ジャズやロックのドラマー転じてパリ音楽院で学び、欧州で活躍する打楽器奏者・池上英樹のマリンバによるバッハも、ぜひ“観賞”したい(4/10)。
東京都美術館では、特別展の《ルーヴル美術館展─地中海 四千年のものがたり─》と連動した3公演が目を引く(4/11,4/12,4/13)。モーツァルトやベートーヴェンのトルコ趣味に焦点を当てたVol.1、仏独の大家のイタリアへの憧憬がテーマのVol.2、ギリシャ&ローマの神話の世界を描くVol.3…といずれもイマジネーションを刺激し、チェロの横坂源、フルートの高木綾子など若手実力者を中心とした演奏陣も興趣を盛り上げる。
楽しみは無尽蔵。日々通いつつ上野の春を堪能しよう。
文:柴田克彦
(ぶらあぼ2013年4月号から)
★3月15日(金)〜4月14日(日)
東京文化会館、上野学園石橋メモリアルホール、旧東京音楽学校奏楽堂、国立科学博物館、東京国立博物館、国立西洋美術館、東京都美術館、上野の森美術館、水上音楽堂、日経ホール 他
問:東京・春・音楽祭実行委員会03-3296-0600
http://www.tokyo-harusai.com