東京春祭恒例のストラヴィンスキーにフォーカスした公演が3月18日に行われる。第4回となる今回は、ストラヴィンスキーを中心に1920年代のパリにスポットを当て、サティ、ドビュッシー、プーランク、カプレやファリャなどの作品から、ふだん滅多に聴けない歌曲の数々をピックアップ。実力派のソプラノ浜田理恵が、長年にわたるフランス在住で身に着けたセンスで自ら選曲に関わり、挑戦するユニークなプログラムだ。一時帰国中に意気込みを訊いた。
(取材・文:中沢明子 撮影:M.Terashi/TokyoMDE )
「私はフランスに住む普通の主婦でもあります。それで、子どもたちが受ける国語の授業を見ていていかにもフランスらしいな、と思ったのは詩の朗読と暗記を重視している点。自分が詩から感じた絵も描きます。歌曲自体は現代のフランス人にとってもそれほど身近ではありませんが、子どもの頃から詩に親しんでいますから、歌詞がある音楽を聴くとき、歌詞を深く味わうという文化が広く浸透しています。ストラヴィンスキーはロシア人ですが、フランスに長く暮らし、フランス語でも歌曲を作っているので、今回ぜひご紹介したいと思いました」
第一次世界大戦と第二次世界大戦の狭間だった1920年代のパリでは、さまざまなジャンルのアーティストたちが行き交い、華やかで喧噪の時代を彩った。
「ただ、ストラヴィンスキーもそうですが、20年代はオペラに傾倒するアーティストが多く、歌曲については10年代に作られた作品が多いのです。それで主に10年代と20年代に書かれた作品を中心に選びました。そして当時の作品群とじっくり向き合って思ったのは、パリの10年代とは爛熟期を迎えて花開く直前の準備期間だったのだな、ということ。ストラヴィンスキーより20歳近く年上のドビュッシーやサティが活躍するなかで、下の世代はもまれていた。ですから、爛熟期に向かって静かに燃えあがっていたパリの10年代を振り返るという意味でも、面白いプログラムになっていると思います。それにしても、10年代は第一次世界大戦があったというのに、よくこれだけ豊かな芸術が育まれていたなあ、と改めて驚きました」
晩年の円熟したドビュッシーがマラルメの歌詞に曲をつけた作品などは完成度が高く、何度歌っても発見が尽きないのが楽しいという。
「声楽的にはとても難しいんです。ドアをあけるとまたそこにドア。開けても開けても秘密のドアが出てくる感じ。だけど、それが本当に楽しくてしかたがない。やはり、力があるものには終わりがないんですね。現在進行形で日々発見していますから、本番当日までに完成するかわかりません。一生完成する日などこないかもしれない。今、夢の中にまで楽譜が出てくるんですよ(笑)。練習用の楽譜にはメモがびっしりです」
また、カプレの作品はクラシックファンでも初めて聴く、という人が少なくないだろう。「もしかしてカプレの≪5つのフランスの詩≫全曲演奏は日本初演の可能性もある」そうだ。こうした珍しい作品に触れられるのも本プログラムの楽しみのひとつ。
「今回は作品の背景や意味をご説明するために、少し喋ろうと思っています。童謡のようなシンプルで不思議な歌詞もあるので、そんなお話も盛り込みたい」
ともすると、クラシック音楽は「なんだか高尚で難しそう」と思われがちだ。
「もちろん、知識もテクニックもいくらでも吸収できる奥が深いものですが、そんなものがなくたって楽しめます。素晴らしい作品に触れると、自分の感覚がグラッと揺れるのを感じる時があるはず。ほんの少し感覚がグラッと揺れるだけでも大きな価値がある。音は一瞬で消えていきますが、その感覚はずっと心に残る。その素晴らしさを観客の皆さんとともに私も感じ、楽しめたらいいな、と思っています」
■東京春祭のStravinsky vol.4
ストラヴィンスキーとパリ1920年代
〜“Paris20年代 祝祭と狂騒の時代”を歌う
3.18 [水] 19:00 東京文化会館 小ホール
■出演
ソプラノ:浜田理恵
ピアノ: 三ツ石潤司
■曲目
〜Paris20年代の扉を開けた作曲家たち〜
ストラヴィンスキー:
《4つのロシアの歌》
《猫の子守歌》
パストラール
《子どものための3つのお話》
サティ:《3つの歌》
プーランク:
セー(《2つの詩》より)
あなたはこんなふうだ(《メタモルフォーゼ》より )
パガニーニ(《メタモルフォーゼ》より)
《歌の調べ》
ドビュッシー:《ステファヌ・マラルメの3つの詩》
カプレ:《5つのフランスの詩》
ファリャ:《7つのスペイン民謡》
【料金】S:¥4,100 A:¥3,100 U-25:¥1,500
東京・春・音楽祭チケットサービス03-3322-9966