大型企画満載——15周年の東京春祭 聴きどころを一挙紹介

桜の季節の到来と共に上野の文化シーンを彩ってきた東京・春・音楽祭が、15周年を迎える。「東京のオペラの森」としてスタートし、今や各地に広がった地域音楽祭の先駆けとして定着したが、今年も新大型プロジェクトを始動させるなど、ますます意欲的だ。


ムーティの意欲的なアカデミーや大野&都響の「グレの歌」も

 注目ポイントとしてまず挙げたいのは、巨匠リッカルド・ムーティが満を持して放つ「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」だ。ミラノ・スカラ座を長年にわたって率い、停滞気味だったローマ歌劇場を屈指の劇場に鍛えなおすなど、イタリア・オペラ界に君臨してきたムーティが2015年よりラヴェンナではじめたこのアカデミーは、イタリア・オペラの演奏の伝統を、実際のオペラづくりを通じて後進たちに伝えている。アカデミーがイタリアの外で本格的に行われるのは今回が初めてだが、それまで日本のオーケストラを振る機会のなかったムーティを引き寄せたのは東京春祭の功績で、06年以降共演機会を継続的に設け、信頼関係を築いたからこそ可能になったからだろう。

 アカデミーではワーグナーと並びオペラの最重要レパートリーであるヴェルディに取り組んでおり、東京でも3年かけて3作品が上演される。第一弾は《リゴレット》。ムーティ自身のトーク&ピアノによる作品解説(3/28 東京文化会館大ホール)に始まり、受講する指揮者のみならずソリスト、オーケストラも指導、聴講生がその過程をつぶさに見学する。成果は4月4日の演奏会形式による上演へと結晶する(東京文化会館大ホール)。

左より:リッカルド・ムーティ©Todd Rosenberg、フィリップ・オーギャン、大野和士 ©Rikimaru Hotta、エリーザベト・クールマン ©Ernst Kainerstorfer

 毎年恒例のガラ・コンサートは「The 15th Anniversary Gala Concert」と題して、東京春祭が上演してきたオペラから名アリアの数々を抜粋し、これまでの歩みを振り返る(4/12 東京文化会館大ホール)。小澤が振って話題となった《オネーギン》に始まり《エレクトラ》《オテロ》などを経て、ワーグナーの楽劇に至る。06年に《オテロ》を指揮したフィリップ・オーギャンが帰ってくるほか、歌唱陣もワーグナー歌いの重鎮ペーター・ザイフェルトをはじめとする豪華な顔ぶれだ。

 歌曲シリーズに出演したエリーザベト・クールマンの「La Femme C’est Moi〜クールマン、愛を歌う」は非常にユニークな公演だ(4/9 東京文化会館大ホール)。ドイツ・リートやオペラ・アリアのみならず、ミュージカルやポップス、果てはキャバレー・ソングやシャンソンまで、様々なスタイルをクロスオーバーに渡り歩きつつ、ひとつのステージに仕立ててしまおうという趣向だ。共演陣にもチェロのフランツ・バルトロメイをはじめとするウィーン・フィルゆかりのミュージシャンら、名手揃いだ。

 音楽祭のクロージングを飾るのは、上野を拠点とする大野和士&都響によるシェーンベルクの「グレの歌」だ(4/14 東京文化会館大ホール)。巨大オーケストラと合唱群による2時間近いこの大作の作曲中に、シェーンベルクは無調へと移っている。まさに後期ロマン派の最後の大作といえよう。ヴァルデマール王のクリスティアン・フォイクト、トーヴェのエレーナ・パンクラトヴァといった躍進著しい実力者を主役級に起用、日本が世界に誇る藤村実穂子(山鳩)、甲斐栄次郎(農夫)が固め、語り手には大ベテラン、フランツ・グルントヘーバーと理想的な布陣が実現した。

ワーグナーのエッセンスを子どもたちへ

 直系の子孫のプロデュースになるワーグナーに特化した音楽祭として、バイロイト音楽祭はワグネリアンたちの聖地となってきた。2008年には孫のヴォルフガングからひ孫にバトンが渡された。昨年、様々な議論を呼んだ新国立劇場の《フィデリオ》演出を記憶している人も多いだろうが、現在、音楽祭を率いるカタリーナは先鋭的な演出でバイロイトを実験劇場へと変革した立役者だ。彼女が09年、音楽祭を引き継いで最初に手をつけたのが楽劇をコンパクトかつ分かりやすくアレンジした「子どものためのワーグナー」だが、ドイツ国外での公演が東京春祭で初めてお目見えする。

《さまよえるオランダ人》より
©BF Medien GmbH/Jörg Schulze

 その第一弾は今回のワーグナー・シリーズの公演と同じ《さまよえるオランダ人》(3/21〜3/24)。海原をあてどなくさまよう幽霊船は、愛の力によってのみその呪いから解き放たれる。子ども向けとは言っても、舞台を現代社会に置き換えるなどバイロイトらしいひねりもあり、またキャストも本格的。東京春祭のワーグナー・シリーズで経験を積み、バイロイト音楽祭へと羽ばたいた金子美香(マリー)ほか、友清崇(オランダ人)、斉木健詞(ダーラント)、田崎尚美(ゼンタ)といった国内のワーグナー上演を支える旬の歌手が顔をそろえる。指揮のダニエル・ガイスはチェリストとしてキャリアを積みつつ、13年にはベルリン・フィルでも指揮者デビューを飾るなど、気鋭の若手だ。
 会場は大手町の三井住友銀行 東館ライジング・スクエア1階アース・ガーデン。ワーグナー歌手たちの声がキッズ達にびんびんと響くに違いない。まだオペラを知らない子どもたちだからこそ鮮烈なファースト・コンタクトを、という企画側の意気込みを感じる。

歴史が刻まれた建築物内で格別の音楽体験を

 上野の一帯は文明開化期から日本の芸術・文化の中心地だった。世界遺産へ登録されたル・コルビュジエ設計の国立西洋美術館、現存する数少ない帝冠様式の東京国立博物館など、美術館・博物館にも価値のある建物が多く、今年もそれらの場で展示物にちなんだ多彩なコンサートがラインナップされている。ここでは日本のモダニズム建築、戦後の大衆文化が、世界のエスニック音楽と共鳴する2つの公演をご紹介しよう。

左:旧東京音楽学校奏楽堂 外観
右:東京キネマ倶楽部(昨年の東京春祭公演の模様) ©飯田耕治

 上野公園のはずれに位置する旧奏楽堂は東京藝大の前身・東京音楽学校の校舎として明治期に建てられた。昨年11月にリニューアル・オープンしたこのホールで、日本のアルゼンチン・タンゴ音楽を30年以上にわたってリードしてきた小松真知子&タンゴクリスタルが情熱のメロディーを披露する(3/16)。ピアソラをはじめ本場でも絶賛を浴び、バンドネオンの小松亮太も巣立つなど、パイオニア的役割を果たしてきた団体が二人のヴォーカルを加え多彩なプログラムを聴かせる。

 戦後、日本中に広まったグランドキャバレーは、単なる酒場を超え様々なショーや興行の打たれる娯楽場だった。鶯谷のキャバレーを大正ロマンの雰囲気を湛えたホールへと改装した東京キネマ倶楽部では、近年再興の機運が高まっているユダヤの民族音楽をフィーチャーした「クレズマー・ナイト」が開催される(3/18)。ロマ音楽の演奏で著名なハンガリーのシャールクジ・バンドが来日、同じくハンガリー出身の若手クラリネット奏者コハーン・イシュトヴァーンと、東欧で発展したクレズマー音楽の精髄を披露する。
文:江藤光紀
(ぶらあぼ2019年3月号より)

東京・春・音楽祭 2019
2019.3/15(金)~4/14(日) 
東京文化会館、東京藝術大学奏楽堂(大学構内)、旧東京音楽学校奏楽堂、上野学園 石橋メモリアルホール、国立科学博物館、
東京国立博物館、東京都美術館、国立西洋美術館、上野の森美術館、東京キネマ倶楽部 他
問:東京・春・音楽祭チケットサービス03-6743-1398 
http://www.tokyo-harusai.com/