来春15回目を迎える「東京・春・音楽祭」で、リッカルド・ムーティ「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」が開催される。東京での同アカデミーは2021年まで東京春祭の開催に合わせ、3年間にわたり行なわれる。
ムーティがイタリア・ラヴェンナで15年に立ち上げた「イタリア・オペラ・アカデミー」は今年度、7月から8月にかけて開催された。現地でその模様を取材した後藤菜穂子さんによるレポートを2回にわたって掲載する。
若手オペラ指揮者のためのアカデミー(講習会)と聞けば、歌劇場あるいは音楽大学のリハーサル・スタジオで、数人の歌手とピアニストを前に行なわれるというイメージを持つ方が多いのではないだろうか? 実は筆者もそう思っていた。ところがさすがマエストロ・ムーティ、彼のオペラ・アカデミーはスケールが違う!
2015年に始まったリッカルド・ムーティ「イタリア・オペラ・アカデミー」は、現在若手指揮者およびコレペティトールを対象にした2週間のコースとして開催されている(東京での19年開催は指揮者と聴講生のみ)。スカラ座、フィレンツェ、ローマなどで50年以上オペラの世界に携わってきたムーティだが、今彼はイタリア・オペラの伝統が急速に失われつつあることに強い危機感を抱いており、次世代の音楽家たちにその正統的な演奏法を伝えなければという使命感から、彼が居を構えるイタリア・ラヴェンナの地でこの講習会を始めた。
この夏のアカデミーは7月21日から8月3日まで開催された。毎年ヴェルディのオペラを一作ずつ取り上げており、今年はシェイクスピアの悲劇を題材にした中期の傑作の一つである《マクベス》が選ばれた。
受講生は、今年は指揮者4名、コレペティトール4名が選ばれた。指揮者は200名以上の応募からDVD審査を経て選ばれた15名ほどがラヴェンナに招かれ、アカデミーの直前にムーティ自身がオーディションを行ない、4人が選ばれた。選ばれなかった者は聴講生としてアカデミーに参加できる。
アカデミーの会場は、由緒あるラヴェンナのダンテ・アリギエーリ劇場(1852年設立。ラヴェンナに眠る文豪ダンテにちなんで名付けられた)。全日程がこのエレガントな劇場のステージの上で行なわれ、指揮者のセッションもコレペティトールのセッションもすべてムーティが一人で指導する。コレペティトールの指導はピアノだが、指揮者の指導はフル編成のルイージ・ケルビーニ・ジョヴァニーレ管弦楽団(ムーティが2004年に創設したイタリアのユース・オーケストラ)および合唱団を迎えて行なわれる。
さらにはオペラの指導には歌手が必要なわけだが、ムーティの信頼の厚い一流のプロの歌手たちが招かれ、主役も端役も期間中全てのセッションに出席する。たとえば今回マクベス夫人を歌ったのは、昨年のザルツブルク音楽祭でムーティ指揮の《アイーダ》のタイトルロールを歌ったヴィットリア・イェオで、凛とした高貴な歌唱を聴かせてくれた。
アカデミー初日は、ムーティがピアノを弾きながら《マクベス》の聴きどころを紹介するレクチャーが劇場で開かれ、これにはアカデミー生や聴講生たちはもちろん、地元客や近郊の音楽ファンも詰めかけた。
ムーティはしばしばユーモアもまじえながら、同作品におけるヴェルディの作曲法の特色、特に各場面でのドラマを組み立て方や、ヴェルディのオーケストレーションの特徴などについて熱弁をふるい、入門的な内容からもっと踏み込んだ専門的な内容まで幅広い角度から解説した。
本レクチャーに限らず、オペラ・アカデミーの全日程が一般に公開されており(有料)、地元や近郊の音楽ファンのみならず、ラヴェンナに観光で訪れている外国の人も聴講に来ていた。公開にすることで、一般の方にもオペラを上演するためにいかに入念な準備プロセスが必要なのかを知ってほしいというムーティの願いによるものだ。筆者と同じホテルに泊まっていたドイツ人観光客は、自分はチェロ奏者で、ラヴェンナには毎年休暇で来ているけれど、昨年も今年もアカデミーを数日間聴講して、とても勉強になると話してくれた。また、地元の学校で音楽を学ぶ生徒たちも見学に来ており、ムーティは子どもたちにもオペラについて丁寧に解説していた。このオペラ・アカデミーを数日間体験してみて、ムーティが本当に並々ならぬ情熱を持ってこのプロジェクトに取り組んでいることを強く実感した。
取材・文:後藤菜穂子
Part2に続く
リッカルド・ムーティ「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」
http://www.tokyo-harusai.com/program/page_5873.html
東京・春・音楽祭2019
http://www.tokyo-harusai.com/