【特別インタビュー】中村恵理(ソプラノ)&藤木大地(カウンターテノール)

 3月27日(火)、桜も花盛りの頃、上野の街で、日本を代表する二人のオペラ歌手がジョイント・リサイタルを開催する。その二人とは、カウンターテナーの藤木大地とソプラノの中村恵理。共にオペラの大舞台にデビューしてから丸15年。ロンドン、ウィーン、ミュンヘンなど世界各地で成功を収める新星たちが、東京・春・音楽祭の一夜で「世界が認めたふたつの声」として共演するのである。なんでも、彼らはかつて「同じ空」を共有した2人でもあるとのこと。その言葉の意味も含めて、コンサートへの抱負をじっくりと語ってもらおう。

中村恵理 
Photo:M.Terashi/Tokyo MDE

 藤木大地(以下、藤木)「僕と中村さんは、新国立劇場の研修所の同期なんですよ」
 中村恵理(以下、中村)「合格発表の後に初めて顔を合わせて・・・その時のことはよく覚えています」
 藤木「その後、3年間の研修中に、2003年の《フィガロの結婚》(A.ホモキ演出)のプレミエに、二人とも出演させて頂きました」
 中村「私がバルバリーナ、藤木さんはドン・クルツィオでした」
 藤木「当時の僕はテノールでしたが、この《フィガロ》で、世界のオペラ界の現場を目の当たりにしたんだと実感しました!」
 中村「それで、二人とも、海外に出てみたいと思うようになり、研修所を修了してすぐ、どちらも国外に飛び出したんです」
 彼らのこのヴァイタリティがまさしく実を結ぶことに。中村はロンドンのコヴェントガーデン王立劇場でベッリーニの《カプレーティとモンテッキ》のジュリエッタを歌って脚光を浴び、バイエルン国立歌劇場の専属歌手としても活躍。藤木は留学先のウィーンでカウンターテナーとして再スタートを切り、ボローニャ歌劇場で欧州デビューを果たしたのち、ウィーン国立歌劇場にも、昨年の4月にライマンの現代オペラ《メデア》のヘロルドで見事デビューを飾っている。
 藤木「ウィーンだけでなく、呼ばれたらそこで歌うという日々です。世界のどこでも行きます!」
 中村「私も、ミュンヘンの専属は昨年で終わっていまはフリーですが、このところ《蝶々夫人》のオファーが続きまして、あの重い役に声が対応できるかどうか、慎重に見極めているところです」
 そう。藤木も中村もそれは多忙なアーティスト。オペラ界の第一線で、様々な国籍の歌手と競いながら、出演の機会を勝ち取っている。だからこそ、今回のジョイント・リサイタルは貴重なステージになるだろう。世界を知る二人の顔合わせという、またとない好機なのだから。
 藤木「今回は、二人の声で『時代を追って』みました。まずはカストラートが居たバロック・オペラから始めます。」
 中村「モーツァルトでは《ドン・ジョヴァンニ》の〈ぶってよマゼット〉を歌います。声楽を勉強している女性なら、このアリアは学習上避けて通れない曲だと思うので、そういった皆さまの心にも響くよう、自然に出てくる感情に乗せて歌いたいです。また、《皇帝ティートの慈悲》の二重唱もやりますが、私が歌うヴィテッリアはとても熱くて野心的な女性です。私のソプラノ・リリコの声では余りやったことが無いタイプなので楽しみです。意地悪な役もすごく好き!(笑)」

 このほか、オッフェンバックの《ホフマン物語》の舟歌の二重唱や、フンパーディンクの《ヘンゼルとグレーテル》の〈夕べの祈り〉のデュエットも歌う予定。さらには、現代オペラの名場面や、人気オペラの名曲も。

藤木大地 
Photo:M.Terashi/Tokyo MDE

 
 藤木「現代のオペラからは、ジョナサン・ダヴの《フライト》のアリアを歌います。このオペラはカウンターテナーが主役で、役名がRefugee[難民]というんですよ。今の時代を象徴する内容ですね。一方、ロッシーニの《セミラーミデ》のアリアを取り挙げます。今回ピアノを弾いて下さるのがロッシーニのスペシャリストの指揮者 園田隆一郎さんだということもあって、ロッシーニのアリアを歌おうと決めました」
 中村「私の方は、よく知られた人気のアリアとして、グノーの《ファウスト》の〈宝石の歌〉とヴェルディの《椿姫》の〈ああ、そはかの人か〜花から花へ〉を歌います。《椿姫》は昨年の宮崎国際音楽祭で初めて全曲歌いまして、これからもレパートリーにしてゆきたいのです。よく尋ねられますが、この大アリアで、ヴィオレッタの狂気を表現する手段として超高音を出すかどうか・・・つまり、彼女に芽生えた純粋な恋心と、今の彼女の道を外れた生活とのあまりのギャップに、ヴィオレッタ自身が混乱している象徴にはなるのですが・・・これについては、歌っているうちに自然とそういう感情になったら出すでしょうか。まずは、見守っていて下さい(笑)」

 ほかにも目を惹くのは、加藤周一の詩〈さくら横ちょう〉に二人の作曲家がつけたメロディをそれぞれ歌うこと。中村は中田喜直、藤木は別宮貞雄の曲を歌う。
 藤木「折角なら、二つの〈さくら横ちょう〉を中村さんと歌い分けることで、一つの詩から作曲家の個性がどんな風に出てくるか、皆様と一緒に味わってみたいなと思いました」
春の宵、さくらが咲くと・・・と始まるこの二つの歌曲は、東京・春・音楽祭の一夜を飾るにはぴったりの歌い出しだろう。一方、中村と藤木にとっては、春といえば「空」なのだとか。ここで、冒頭で紹介した「同じ空を共有した二人」の由来を、インタビューの締め括りに語ってもらおう。
 中村「新国立劇場研修所の合格発表を見て、その後、たまたま二人とも同じ電車に乗っていたら、四ツ谷駅の辺りで藤木さんが突然空を見上げて言ったんです」
 藤木「思わず、『今日は空の見え方が違うなあ!』って(笑)。本当に、青空が違って見えました。『君はこれからも歌をやっていって良いんだよ』と、空から言われたような気がしたんです」
 中村「それから二人とも様々な経験を積んで・・・想像していたより遥かにヴァラエティに富んだ道を歩ませて頂いていると思います」
 藤木「お互いの経験を活かして頑張りますので、どうぞ楽しんで聴いて下さい」
 中村&藤木「お待ちしています!」
 
 取材・文:岸 純信(オペラ研究家) 写真:M.Terashi/TokyoMDE

左:中村恵理 右:藤木大地 
Photo:M.Terashi/Tokyo MDE

THE DUET~中村恵理(ソプラノ)&藤木大地(カウンターテナー)
~世界が認めたふたつの声のハーモニー

2018.3.27(火) 19:00 上野学園 石橋メモリアルホール

●出演
ソプラノ:中村恵理
カウンターテナー:藤木大地
ピアノ:園田隆一郎

●曲目
ヘンデル:
 いとしい人!美しい人! (歌劇 《ジュリアス・シーザー》 HWV17より) 【中村&藤木】
 オンブラ・マイ・フ (歌劇 《セルセ》 HWV40 より) 【藤木】
モーツァルト:
 あけてよ、早く! (歌劇 《フィガロの結婚》 K.492 より) 【中村&藤木】
 ぶってよ、マゼット (歌劇 《ドン・ジョヴァンニ》 K.527 より) 【中村】
 気のすむようにお命じなさい (歌劇 《皇帝ティートの慈悲》 K.621 より) 【中村&藤木】
ロッシーニ:ああ、あの日をたえず思い出す (歌劇 《セミラーミデ》 より)【藤木】
グノー:宝石の歌 (歌劇 《ファウスト》 より) 【中村】
オッフェンバック:美しい夜、おお恋の夜よ (歌劇 《ホフマン物語》 より) 【中村&藤木】
J.シュトラウス2世:僕はお客を呼ぶのが好きだ (喜歌劇 《こうもり》 より) 【藤木】
フンパーディンク:夕べの祈り (歌劇 《ヘンゼルとグレーテル》 より) 【中村&藤木】
プッチーニ:私が街を歩くと(歌劇 《ラ・ボエーム》より) 【中村】
マスカーニ:間奏曲 (歌劇 《カヴァレリア・ルスティカーナ》 より) 【園田Solo】
別宮貞雄:さくら横ちょう【藤木】
中田喜直:さくら横ちょう【中村】
ダヴ:夜明けだが、まだ暗い (歌劇 《フライト》 より)【藤木】
ヴェルディ:そはかの人か [試聴] ~花から花へ (歌劇 《椿姫》 より) 【中村】
ヘンデル:あなたの面差しは優美に溢れ (歌劇 《リナルド》 HWV7より)【中村&藤木】

●チケット
S席 ¥4,100 A席 ¥3,100 U-25※ ¥1,500
※ U-25チケットは、2018.2/9(金)12:00発売開始(公式サイトのみでの取扱い)