【特別インタビュー】トリオ・アコード〜白井圭×門脇大樹×津田裕也

 10年後のことなど、誰にもわからない。でも、音楽を好きでいることには自信がある──弾き手であれ、聴き手であれ。ほんとうはそれだって、きっと難しいことなのだけれど。
 『東京・春・音楽祭』は前身が2005年に始められたが、あれから10数年、桜咲く上野の春の音楽歳時記として広く愛されるようになってきた。その上野で青春時代を送っていた白井 圭、門脇大樹、津田裕也の3人が、東京藝術大学の3年生としてピアノ・トリオを組むのはもう少し前、2003年のことだった。ヴァイオリンの白井とチェロの門脇は芸高時代からの同級生で、それぞれとピアノで合わせていた津田裕也が加わり、ピアノ三重奏を学び始めた。
 卒業後は、白井がウィーン国立音楽大学、門脇がアムステルダム国立音楽院、津田がベルリン芸術大学へ留学したが、ヨーロッパを行き来しながら、変わらず友情は続いていった。帰国して、2015年にトリオ・アコードとして久々の演奏会で手ごたえを得た3人が、こうして『東京・春・音楽祭』に招かれ、同年12月以来となるコンサートに臨む。それぞれは、これまでにも『東京・春・音楽祭』で活躍しているが、同級生の本トリオとしては初登場となる。ソロ、アンサンブル、オーケストラの経験も重ねて成長した友人どうしの進境が、活き活きとした室内楽に響くことになるだろう。まだ寒い3月初旬、音楽祭の事務局で3人に話をきいた。
(取材・文:青澤隆明 写真:寺司正彦)

 3人がそれぞれ留学から帰って、最初に演奏会をしたのは一昨年の冬。ベートーヴェン、ドヴォルジャーク、メンデルスゾーンというプログラムで、これがトリオ・アコードとして8年ぶりのコンサートだった。

津田裕也(ピアノ):それぞれ卒業してから別々の場所に留学しましたけれど、再会してやってみようかと。

白井圭(ヴァイオリン):久しぶりという感じはぜんぜんなかった。むかしから付きあいかたは変わらない。ある程度、みんな歳もとってきたので、自分がこう思うというのが強くなったかな。学生時代はまずレッスンで言われることを消化していたけれど、いまは経験を踏まえて、自分はこう思うっていうふうに、3人で試行錯誤するようになった。

門脇大樹(チェロ):最近は全員の自由度が増したというか。前はまず合わせようとしていたのが、いまはけっこう最初はばらばらになることも多くなって、そういう意味で、すごく新鮮さが増した気がします。

左より)門脇大樹(チェロ)、津田裕也(ピアノ)、白井圭(ヴァイオリン)

津田:みんな考えが強くなったというか、違う経験をしてきた視野もあるし、自分も違う抽斗が増えている。2人はオーケストラやいろいろなアンサンブルとの関わりがあるから、ピアニストとはやっぱりちがう見方をするところがあって、そういうのをいっしょに音に出してやっているのが面白い。それは留学する前とはやっぱり変わったなと思います。

門脇:それぞれの表現の幅が広がったんですけれど、それをしゅっとまとめてくれる存在として白井君がいて。津田君は全体のバランスをとりつつ、自然な息づかいを与えてくれるという感じ。僕はオーケストラを始めて、アンサンブルのやりかたもかなり変わってきている感覚があったんですけれど、やっぱり室内楽だとこうなんだ、という刺激を改めて受けている感じです。

白井:室内楽のなかでもトリオというのは、音楽的な完成度と名人芸的なみせどころが、いちばんうまくミックスされているからね。この3人で弾くのは、楽しい。いっしょに勉強していたので、困ったときに答えを探しに行く方向が似ているし、同じ言葉を使ったら同じように理解する。それって、なかなか難しいんですよ、音楽やるときに。だから貴重です。

津田:ちょっと帰ってきたな、という安心感はありますよね。やっぱり。

──ヨーロッパ留学の経験で得たものを、みなさんどう実感されていますか?

門脇:僕が最初に留学したのはイタリアの小さな学校だったんですけれど、ぜんぜん練習もしてこないし、あんまり弾けてないような人に自信をもって『これはこうやるんだ』と言われたとき、いままで自分のもってきた感覚で彼らは音楽をやってるんだなと思いました。

白井:そう、五連符なんて誰もできないんだけど、それがいい感じだったりするんだよ(笑)。

門脇:なんかしゃべってるみたいなんですよね。

津田:それと、日本にいるときは作曲家を神様みたいな人だと崇めちゃってたんですけれど、シューベルトの家にいってあの眼鏡をみたら、本当に生きていた人なんだと思って。ここで生活をしていて、ご飯を食べたり、お酒を飲んだりしてたんだ、とか想像しただけで、自分との距離が近くなったような感覚があって。それで自分に正直でなければいけない、ということも思いました。それが僕にはいちばん大きかったですね。あと、せっかくベルリンに行ったんだからって、留学一年目に白井君とも一か月近く、学生向けの乗り放題のチケットで・・・

白井:そう、ドイツじゅうをまわったんだよね。

津田:ドイツじゅうの小さな町から各地のビールを飲もうって言って。コースター集めが目的で(笑)。

白井:ビールの味が、北から南に行くと、ほんとに変わるんですよ。

津田:もう昼も夜も飲んで、いろんな街をまわってみたりして、そして三週間ぶりに楽器を弾いたら、なんか最初に出た一音でもう、すごい感動しちゃって。ああ、ピアノってこんな音がするんだ、って。そういうのも楽しかったですね。お互いリュックサック背負って。

──各地のビールの違いで、ドイツの作曲家の気風の違いがわかってきました?

白井:いや(笑)。そうなるかな、って思ったんですけれど。ワインだと国ごとにぜんぶ違って、音楽にもすごく近い個性の違いがありますよね。でも、ビールはどうなのかな? そこまではわかんなかったなあ(笑)


──今回のプログラムでは、ハイドンの《ジプシー・ロンド》、ラヴェル、シューベルトの第1番変ロ長調です。18、19、20世紀のピアノ・トリオの名作を一夜で旅するわけですね。

津田:そのことをすごく意識したわけではないのですけれど(笑)、それぞれの時代を代表するようなトリオで、楽器の使い方や音の組み合わせも違うので面白いプログラムになったと思います。

白井:シューベルトの1番を、この3人で一度もやったことがないというのは意外だよね。ハイドンの「ジプシー・ロンド」も学生時代以来で、それこそ留学してからはやっていない。だから、楽しみですね。まだやってないんだけど(笑)。ラヴェルはちょっと違う色彩で・・・

門脇:たしか前回の演奏会でフランスものがなくて。ラヴェルは学生のときもやっていたから、ちょっといまの3人の感覚を持ち寄ったらどうなるかな、という楽しみな感じもありました。

──さて、この春のコンサート、ご自身としてはどんなところに期待されていますか?

津田:自分たちも楽しみですし、それで作品の素晴らしさがどこかで感じられたり、共感できる場になったら、それがいちばんうれしいですね。

白井:むかしよりも、弾くときに本当に共感して弾けるような期待がある。作曲家というか、作品に。外側から考えるんじゃなくて。それがお客さんに伝わるところまでいったらなと。

門脇:シューベルトが音楽仲間とよく室内楽をして遊んでいたというんじゃないですけれど、同級生で会話して、その雰囲気と近づけるような演奏ができれば。

津田:同級生ならではの味が出る演奏会にしたいと思うので、たくさんの方に聴いていただきたいです。

白井:いまだけじゃなくてね。今回で喧嘩して終わることはたぶんないので(笑)、今後どうなるのかなって思って、時折聴いてもらっても、面白いかも知れません。


トリオ・アコード
〜白井 圭、門脇大樹、津田裕也
2017.4.11[火]19:00開演 上野学園 石橋メモリアルホール

■出演
トリオ・アコード
 ヴァイオリン:白井 圭
 チェロ:門脇大樹
 ピアノ:津田裕也

■曲目
ハイドン:ピアノ三重奏曲 第25番 ト長調 Hob.XV:25 《ジプシー・ロンド》
ラヴェル:ピアノ三重奏曲 イ短調
シューベルト:ピアノ三重奏曲 第1番 変ロ長調 D.898

■料金
S席 ¥4,100 A席 ¥3,100 U-25※ ¥1,500
※U-25チケットは公式サイトのみでの取扱い