東京のオペラの森

■東京から発信される音楽文化
 クラシック音楽を輸入・消費するだけが国際都市「東京」の機能ではない。これからはこの東京から世界にむけてクラシック音楽文化を発信してゆこうと、東京都、NHK等が手を取り合ってすすめてきた意欲的なプロジェクトがいよいよ来年の3月より始動する。
 「東京のオペラの森」。ここでの「森」とは公演会場となる東京文化会館が位置する上野をイメージしている。芸術の溢れる「森」をイメージさせるいいネーミングだ。
 音楽監督にウィーン国立歌劇場で来日公演を果たした同音楽監督小澤征爾。アーティスティック・アドヴァイザーには同じくウィーン国立歌劇場総支配人イォアン・ホレンダーが務める。これだけでもこの「東京のオペラの森」がグローバルな視点のもとに繰広げられるイヴェントであることがお分かりいただけるだろう。
 開催期間は毎年春。内容的にはオペラ公演を主軸として、オーケストラ公演、そして室内楽(歌曲等のコンサートを含む)がそれに加わるかたちとなる。特徴的なのはテーマ作曲家が掲げられることで、記念すべき2005年の第1回はリヒャルト・シュトラウスとなった。期間中、東京文化会館内で公演内容にちなんだ展示会、また子供のためのオペラ等の周辺事業も開催される予定だ。


■強力な布陣による《エレクトラ》

 さて第1回目を飾るのは《エレクトラ)だ。指揮は小澤征爾。声楽の部分はもとよりオーケストラの魅力を最大限に味わうことのできる大編成の作品、しかも管弦楽がドラマを推進させていくオペラだけに小澤の手腕が最も発揮される作品と言っても過言ではない。出演者もヴェテランと若手が共演する興味深いキャスティングとなっている。タイトル・ロールにはデボラ・ポラスキ。ウィーン国立歌劇場、メトロポリタン歌劇場を始め、世界の主要歌劇場を活躍の場としている、アメリカ出身のドラマティック・ソプラノだ。エレクトラは、情夫エギストと共謀して父親アガメムノンを殺害した母親クリテムネストラに対する復讐心のみで生きている女。ドラマを通じて常に情念渦巻くテンションの高い心理状態を表現せねばならず、しかも分厚いオーケストラに対抗できる声量を必要とする難役だ。“戦後最大のエレクトラ歌い”と称されるポラスキがどのようなエレクトラを聴かせてくれるのか大いに楽しみなところ。
 その母親を演ずるのがアグネス・バルツァ(メゾソプラノ)。近年、持ち役を軽いキャラクタ一に移行しつつある彼女が、このクリテムネストラにどう向き合うのか。ギリシャ出
身のバルツァ、誰よりもギリシャ悲劇にぴったりの彼女が出演するだけでも嬉しくなってくるというもの。
 エギストにクリス・メリットが起用されるというのも豪華だ。アメリカ出身のこの巨漢テノールは、豊かな声量に加えてとにかく高音域とアジリタの妙技を大きな武器とし、現代を代表するロッシーニ歌手として不動の地位を築き上げたのは周知の通り。今回は性格俳優(歌手)としての芸風の広さもみせてくれる。
 復讐を成し遂げるオレスト(エレクトラの弟)にはフランツ・グルントヘーバー(バリトン)。ドイツのトリアー出身。ワーグナー、R.シュトラウス、ベルクを主なレパートリーとする実力派。姉エレクトラとは対照的に優しい性格のクリソテミスにクリスティーン・ゴーキー(ソプラノ)。小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトや、サイトウ・キネン・フェスティバルでも小澤と共演し高い評価を得ているアメリカの新世代歌手。最近はヨーロッパにも活躍の場を広げつつある。
 なお、演出はカナダのロバート・カーセン。ラモーから現代オペラまで幅広く手がけ、いずれもが成功を収めている今もっとも注目すべき演出家のひとりだ。今や世界中のオペラハウスから引っ張りだこの存在。カーセンはサイトウ・キネンでの《イェヌーファ》や、小澤征爾音楽塾での《ラ・ボエーム》など、これまでにも小澤のオペラを手がけてきたので日本でもお馴染みだろう。
 以上、強力な歌手陣、カーセンの演出、指揮が小澤。と、まさに役者は揃った。現時点ではどのような舞台が繰り広げられるのかは明らかにされていないが、世界に発信する「東京のオペラの森」の第1弾に相応しい誰もが納得するプロダクションになるのは間違いないだろう。
 今後だが、2006年にはヴェルディの《オテロ》をウィーン国立歌劇場と、2007年にはワーグナーの《タンホイザー》をウィーン国立歌劇場、パリ・オペラ座と共同制作するというから今から楽しみだ。出演者、演出家が決まり次第報告したい。


■アラン・ギルバートの挑戦〜オーケストラ

 毎回異なる指揮者(小澤征爾が推薦する)を起用するというオーケストラ・コンサートには、若手指揮者としては実力的にトップクラスのアラン・ギルバートが登場する。彼にとってオール・シュトラウスプロというのは初めてのことで、曲は「アルプス交響曲」「13管楽器のためのセレナード」「4つの最後の歌」(リカルダ・メルベス/ソプラ
ノ)。オーケストラはオペラを含め、特別編成された「東京のオペラの森管弦楽団」が起用される。これは小澤征爾の目指す音楽に共感する、国内外で活躍する高い能力を持つ日本人プレイヤーが中心となる。


■円熟の歌声〜歌曲

 今回はグローバルな活動をしている白井光子(メゾソプラノ)がハルトムート・ヘル(ピアノ)の伴奏で歌うことに。現在最高のリート(歌曲)・デュオとして知られる彼らだが、意外にもシュトラウスばかりのプログラムでリサイタルを行うのはギルバート同様、これが初めてのこととなる。マーラーの歌曲によるリサイタルを終えたばかりの白井光子に、今回の演奏会について語ってもらった。「小澤さんから、シュトラウスの曲目でプログラムをとお声がけいただきました。今までのリサイタルのなかでとりあげたことはあっても、オール・シュトラウスというもので行ったことはなく、最初はリートのみでプログラムが作れるのかどうか心配だったのですが、いざ調べてみると、またヘルと実際に歌ってみると、魅力的な曲がたくさんあることがわかり、2夜のプログラムが可能になりました。リートが心の旅ならば、シュトラウスの歌曲を2夜続けて聴くことで、今までふれることのなかったシュトラウスの側面を知ることもできるかも知れません。曲目のなかには歌詞が実はひどく風剌のきいたものもあり、それを選んだシュトラウスの心もうかがい知れて興味深いものがあります」
取材・文:城間勉(編集部)
(ぶらあぼ2004年12月号から)


★オペラ:2005年3月13日、16日、19日、22日
 オーケストラ:3月18日、20日
 歌曲:3月14日、17日・東京文化会館(歌曲のみ小ホール)
 問:東京のオペラの森03-5777-8600(ハローダイヤル)
           03-5205-6401(事務局)
 www.tokyo-opera-nomori.com/