6年目を迎える「東京・春・音楽祭」。上野の森で桜の蕾が膨らみ始めてから、薄紅色が山を蔽い、舞い散る花吹雪となるまでの約1ケ月、今回も多彩なプログラミングのもと、音の祝祭が華やかに繰り広げられる。
春の恵み・大地のエネルギー——まるで食の記事を思わせるようなフレーズだが、クラシック音楽にもこの一句がぴたりとはまる一曲が存在する。来る4月に「東京・春・音楽祭」で上演される「カルミナ・ブラーナ」である(4/9,10)。ドイツの作曲家オルフ(1895-1982)が13世紀の詩歌集に音楽をつけたこのカンタータでは、独語による一部の詩を除いてほとんどが卑俗なラテン語で歌われ、中世の響きそのままに躍動感溢れる音楽が展開する。
草木が芽吹き、花咲く春。しかし、恋の衝動から花見酒の賑わいまで、情も欲もふつふつと湧いてでるのがこの季節なのだ。そして「カルミナ・ブラーナ」が描くのも、自然の息吹のみならず、熱烈な愛の言葉や酒場のざわめきに寄せて人間の“野性”を解放しようという境地。地鳴りのような強烈なリズムのもと、合唱団とオーケストラが檄を飛ばしあう姿など、この大曲ならではの豪壮さであるのだろう。
さて、来春のステージで注目すべきは、まずは何よりイタリアの巨匠ムーティ。彼は以前、作曲者の生誕85年記念演奏会(1980)でこの曲を演奏し、客席のオルフをひどく感動させたことがあるのだが、そのとき老作曲家は、この指揮者の解釈を今後に活かすべく、なんとスコアの速度指定を逐一変更してしまったのだという。このように、作者の発想すら覆すムーティの圧倒的な腕力が今回も大いに期待される。
続いては、巨匠が選んだ歌手たちについて。豊かな声量でコロラトゥーラを歌い上げる名花ランカトーレ、超高音域を自在に操るカウンターテナーのツェンチッチ、そしてフランスの知性派バリトン、テジエという贅沢な顔ぶれだが、ここに東京オペラシンガーズが合唱で加わるとなればまさに百人力。彼らが創り出す音の渦が今から待ち遠しい。
そして、今回のもう一つの目玉が超大作《パルジファル》のコンサート上演(4/2,4)。演奏会形式によるワーグナー上演ブロジェクトの第一弾であり、日本でもお馴染みのシルマ一が指揮棒を採り、パルジファル役のフリッツとクンドリ役のシュスターが豊かな声で歌い上げるだろう。演奏会形式上演によるオペラの醍醐味は、オーケストラのがんばる様を目で追える点にある。特に《パルジファル》では、神秘的な鐘の音を代表格に、全編を結ぶ緊張の糸を弦管打が静かに紡いでゆく様に注目したい。このほか、活躍中の若手ピアニスト小菅優のリサイタル(3/26)、ソプラノのメルベート(4/5)やテノールのシャーデ(4/7)によるドイツ・リートの夕べ、そしてヴェテランの前橋汀子がソリストを務めるヴィヴァルディの「四季」(4/8)など、実に盛りだくさんの「東京・春・音楽祭2010」。来年の桜の季節には、上野で“音の花吹雪”を体感してみてはいかが?
文:岸純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2009年12月号から)
★2010年3月14日(日)〜4月10日(土)
・東京文化会館(大ホール/小ホール)
・旧東京音楽学校奏楽堂
・国立科学博物館
・東京国立博物館
・東京都美術館
問:東京・春・音楽祭実行委員会03-3296-0600
http://www.tokyo-harusai.com/