東京・春・音楽祭ー東京のオペラの森2010 インタビュー

今春もまた、上野の森に花咲く「東京・春・音楽祭一東京のオペラの森2010ー」。
いまや、東京のみならず日本の春を代表する“音の祝祭”であろう。
さて、6年目を迎える今回、多彩なプログラミングの中でひときわ光るのが、
オペラの超大作《パルジファル》のコンサート公演。
演奏会形式によるワーグナー上演プロジェクトの第一弾として、日本でもお馴染みのマエストロ、ウルフ・シルマーが指揮台に立つ。そしてもうひとつ、リリック・テナーの名手シャーデが歌う「アイヒェンドルフに寄せて」と題されたドイツ歌曲の夕べも聴き逃せない。
満開の桜花に降り注ぐ陽光と、夜桜を静かに照らす月光のごとく、対照的なこれらのステージについて、二人の芸術家にメールでインタビューし、それぞれの抱負を詳しく訊ねてみた。


最高の布陣で《パルジファル》をお聴かせしましょう

ウルフ・シルマー

ウルフ・シルマー

 まずはワーグナーヘの熱い想いを語るウルフ・シルマーから。
「舞台神聖祝典劇《パルジファル》は最も好きなオペラの一つです。初めて指揮したのは1984年のマンハイムですが、その後何度かウィーン国立歌劇場で振り、2006年からはライプツィヒで上演しています。本作のステージに初めて携わったのは、それより前の1977年、バイロイトでホルスト・シュタインの助手を務めたときですが、以来ずっと感じているのは、19世紀の終わりにあのような見事な和声を発展及び展開させたという、オペラ史上特筆すべき《パルジファル》の魅力です。純粋に全音階的な部分とそれを遮るような半音階的音楽、これらの『対抗する作用』が本作を非常に近代的なものにしています。あまりに偉大な音楽であり、通常の公演ではなかなか聴き取れないような、非常に洗練された精妙な部分も有しています。しかし、今回の演奏会形式上演ならば、こうした微妙な音の進行も、ワーグナーの音楽を愛する皆さんに辿って頂くことができることでしょう。今回は、欧米各地と日本からワーグナーを歌うに相応しい名手たちが集いますが、個人的には、アムフォルタス役のバス・バリトン、フランツ・グルントヘーバー氏との再会をとても楽しみにしています。彼とは、芸術を通して長年変わらぬ親交を結んできました。彼との共演は常に大きな喜びです」
 そして《パルジファル》を振る醍醐味について。
「このオペラを指揮するとき、私はいつも、それぞれの幕の前奏曲と“変容の場面”に魂を奪われます。最も詩的な場面は“聖金曜日の奇跡”であり、そこで描き出される、自然界の雰囲気と気(スピリット)が大好きです。ワーグナーの総合芸術はこの《パルジファル》で最高域に達しました。彼が与えた音楽に広がりと空間があるからですが、中でも高みから聴こえてくる合唱、鐘の音、舞台裏から響き渡るコーラスが絶大な効果をもたらします。なお、ドラマの面ではクンドリーの消滅(死)にご注目下さい。キリスト教的な考えでは、彼女は地上の世界から解放されたのであり、仏教的な言い方では、悟りを開き涅槃の境地に至ったことになります。つまり、単純な死ではなく、彼女の苦しみが終わりを告げるということですね。長大なオペラですが、その溢れんばかりの豊かさと素晴らしさを、卓越した知識を持つ日本の皆さんにお届けすべく、私は大変に楽しみにしています」
 長大な構成あってこその、幕切れでの格別の充足感。指揮者シルマーの思いは熱い


INFORMATION
東京春祭ワーグナー・シリーズvol.1
ワーグナー:舞台神聖祝典劇《パルジファル》(演奏会形式/全3幕/字幕付)
日時:4月2日(金)・17時開演/4月4日(日)・15時開演
会場:東京文化会館(大ホール)
指揮:ウルフ・シルマ一
出演:ブルクハルト・フリッツ(パルジファル)、
   ミヒャエラ・シュスター(クンドリ)、
   フランツ・グルントヘーバー(アムフォルタス)、
   ペータ一ローズ(グルネマンツ)、
   シム・インスン(クリングゾル)、小銭和広(ティトゥレル)他
管弦楽:NHK交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ、東京少年少女合唱隊
料金:S¥20,000 A¥16,000 B¥12,000
   C¥9,000 D¥6,000 E¥3,000


ヴォルフは音楽界におけるゴッホのような存在です

ミヒャエル・シャーデ(C)Deanne McKee

ミヒャエル・シャーデ(C)Deanne McKee

ミヒャエル・シャーデ[/caption] 続いては「詩人アイヒェンドルフに寄せて」と題された歌曲の夕べについて熱弁を奮うミヒャエル・シャーデ。
「学生の頃からこの詩人を知っていました。ドイツ文化に身を置いた者なら、誰でも一度は彼の作に触れることでしょう。私にとっては、ゲーテと並んで人生にインスピレーションを与えてくれる文人です。彼の詩による歌曲の夕べのアイデアは、私の良き音楽仲間、ピアニストのマルコム・マルティノーとの共同作業から生まれました。声楽について熟知する彼は、私には従兄弟のように近しい人です。優秀な伴奏者が、歌に内在するものを見出す上で素晴らしいアドバイザーとなることは、今回のステージでも皆様に聴き取って頂けるに違いありません」
 さて、詩人アイヒェンドルフの特質について。
「切望、憧れ、七色に輝くシャボン玉…限りなき想像力を駆使する人ですね。魔女が出てきたり、禁じられた土地を描くような、何とも不思議でスリリングな世界が広がります。何が起きるか分からず、メランコリックであったかと思うと、天にも昇るような高揚感に包まれる…現実とは違う『別世界』を求めたメンデルスゾーンも、彼の詩に強く惹かれた一人です」
 有名曲から珍しいメロディまで揃う今回。
「たとえば、シューマンの人気曲〈月の夜〉のみならず、同じ詩によるブラームスの一曲もお楽しみ頂けます。また、ヴォルフのリートも、芸術性が非常に高い一方でエンタテインメント性に富むものばかりですよ。なお、ヴォルフの音楽に親しむ際には、彼が完璧なまでにクレイジーであった点にも注目して下さい。脳を蝕まれて早世した人ですが、私は彼のことを『良きクレイジー』と呼びたいのです。あり得ないような奇妙な和声でも、実際に聴いてみると納得させられます。ヴォルフはいわば、音楽界におけるゴッホのような存在です。二人とも時代のずっと先を行く芸術家でした。コンサートについてはまだまだ語り尽くせませんが、ご来場の皆様には、邦訳でも、事前にアイヒェンドルフの詩を読んで頂ければ幸いです。『人間が何者であるか』が示唆され、時代を超えた普遍性が漲る世界です」
 春の宵ふさわしく、詩と音楽が薫り高く溶け合う境地。シャーデの解釈のさえに期待したい。
取材・文:岸純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2010年2月号から)

INFORMATION
ミヒャエル・シャーデ(テノール)歌曲の夕べ
〜詩人アイヒェンドルフに寄せて(字幕付)
シューマン:〈リーダークライス〉/
メンデルスゾーン:「森の館」「小姓の歌」「夜の歌」「さすらいの歌」/
ブラームス:「リートop3-6」「見知らぬ土地で」「月の夜」「海辺から」/
ヴォルフ:〈アイヒェンドルフ歌曲集〉より「音楽師」「学生」
     「絶望した恋人」「災難」「船乗りの別れ」
日時:4月7日(水)・19時開演
会場:東京文化会館(小ホール)
共演:マルコム・マルティノー(ピアノ)
料金:S¥6,000 A¥4,000