原田 諒(演出)インタビュー
〜宝塚歌劇団所属演出家が手掛ける《椿姫》

正調の様式美の中に、濃密な人間ドラマを

 東京二期会が2月19日からヴェルディのオペラ《椿姫》を上演する。二期会単独での上演は11年ぶりの新演出となる。演出には、宝塚歌劇団に所属し、第20回・24回読売演劇大賞 優秀演出家賞、第43回菊田一夫演劇賞を受賞するなど、演劇界をはじめ各方面から大きな期待と注目を集める原田諒を迎える。東京二期会20年ぶりとなる2009年の新演出では宮本亞門が演出に起用されたが、他のオペラ団体と比較しイタリアもののオペラ上演が少ないなか、そうであればこそ、節目に上演する、しかも、オペラのなかのオペラとも言うべき《椿姫》への東京二期会の力の入れようには、並々ならぬものがある。原田諒の起用はその表れのひとつだ。

原田 諒

 宝塚を主舞台として活動を続ける原田。今回がオペラ初演出となる。

「オペラ演出は今回が初めてですが、舞台を作る上でのスタンスは同じです。普段はミュージカルの脚本・演出を手掛けていますので、常に音楽は身近な存在ですが、オペラではその音楽こそが絶対的な柱となりますよね。そういう点においては、演出プランを考える上においてもいつもとは異なるアプローチをとりました。それがとても新鮮でしたし、私自身にとっても大きな勉強になりました。
 稽古が始まる前は、自分の演出の仕方でオペラの舞台が出来るかどうか、という思いもありましたが、私の演出に対しキャストの皆さんがとてもフレキシブルに、またフィジカルに動いてくださいました。凄くいい稽古が出来ていると感じています」

 宝塚歌劇においては主演のダブルキャストはあまりない。今回、ダブルキャストの違いによる舞台の作り方には違いが出てくるのだろうか。

「私自身、舞台を作っていく上で“型にはめて”というやり方は好きではないんです。もちろん、様式美を成り立たせる上である程度ポイントを決めていかねばならないことは事実ですが、舞台の上で役者が登場人物として息づいてこそ、体臭のある人間ドラマが構築できるのだと思います。演劇は演者と役が不即不離の関係になることが一つの醍醐味だと思うし、それはオペラであれミュージカルであれ同じではないでしょうか。ですから今回は、同じ役でもキャストに応じて役の色合い、キャラクターを変えてもらっています。大村さん組、谷原さん組、それぞれに違う色が出てきて、とても魅力的な仕上がりになっていると思います」

 原田が演出した宝塚作品では、『MESSIAH—異聞・天草四郎—』 (2018年・花組)、『チェ・ゲバラ』 (19年・月組)など、主人公の死の描き方はどれも秀逸で美しい。《椿姫》も死をひとつのテーマとする作品だ。ヴィオレッタの死に対してはどういうアプローチをとるのだろうか。

「今回の《椿姫》の舞台美術は、椿の花をかたどったものです。時間の経過とともにその花びらが散り、朽ちてゆく。花はやがて枯れ、人間もいつかは死ぬように、限りあるものだからこそ命は美しく尊いのだと思います。
 三島由紀夫の戯曲『癩王のテラス』で王の肉体は病魔に冒され、朽ちてゆくのに相反して、王の悲願であるバイヨン寺院は見事に完成してゆく。そんな“肉体は滅びても、精神は不滅である”という美学が、《椿姫》にも共通すると思うんです。椿の花が枯れ、朽ちてゆくように、ヴィオレッタのおかれた境遇も哀れなものになっていきます。そのようにして、物質的なものはやがて崩れ去るけれど、彼女の魂はより崇高なものとなってゆく。そんな美学を表現したいと思っています。彼女の死の後に残るもの、それこそが不滅の愛なのではないでしょうか」

 宝塚歌劇は愛と夢、そして美を描いた舞台で人々を魅了する。《椿姫》もまた、愛をテーマとした作品だ。
「愛は永遠であり、強固なものであるという確証は現実の世界にはないでしょう? あると信じている、永遠に続くと信じたい。けれども、そんな保証はどこにもないんですよね。うつろいやすく繊細で、時に一瞬で壊れてしまうような不確かなもの。そんな“愛”が、舞台の上には存在します。だからこそ、人は愛と夢の世界を舞台に求めるのだと思います。
 《椿姫》という小説が、オペラ、ストレート・プレイ、ミュージカル、バレエと様々な変容を遂げ、今なお多くの人々に愛される要因はそこにあるのではないでしょうか。多くの人の思いがこもった作品だからこそ、そこに内在するものを大切に表現したいですね」

 宝塚の原田ならではの演出と言ってもよいのが第2幕第2場、フローラの屋敷での仮面舞踏会。その場面では、宝塚歌劇団卒業生の3名(千葉さなえ(在籍時は、涼瀬みうと)、玲実くれあ、輝生かなで)を含む10名のダンサーたちのダンスが妖艶に繰り広げられ、舞踏会の客だけでなく、観客も一斉にそれを注視することになる。

「舞踏会の余興とはいえ、《椿姫》という作品の中で突然闘牛士のナンバーが出てくることに、これまでずっと違和感がありました。今回演出にあたり、改めて歌詞をつぶさに読み解くと、牛とマタドール、マタドールと村娘の関係は、男女の営みそのもののメタファーであるように感じました。ですので今回はマタドールの扮装は敢えてせずに、ジプシーの男女による表現にしました。そうした行為を舞踊会の余興として出すことで、パリの夜の世界に生きる人間たちの俗っぽさがうまく表現できればと考えています。単なる余興でなく、そういったものを歓ぶ人々の住む世界にヴィオレッタが再び戻って行ったという残酷な事実が、アルフレードにとってより突き刺さるように見せることが出来ればと思っています」

 椿姫らしい《椿姫》を作りたいという思いは遂げたのだろうか。
「今の時代、“らしくない”ものがもてはやされる傾向にありますが、“らしい”もの、“らしさ”こそが一番だと思うし、素敵だと私は思います。オペラにしても宝塚にしても、正調の演出で作られた美しい作品が好きですね。時に変わった作品や、風変わりな演出を面白く感じることが出来るのも、スタンダードな正統派の素晴らしさがあってこそ。ですから今回はグランド・オペラらしい、椿姫らしい《椿姫》に仕上げたい。奇をてらったものでなく、デュマとヴェルディが描いた世界観を歪めずに表現することが、この作品においてはベストな方法なのではないかと考えています。そんな正調の様式美の中に、男女の愛と親子の情、濃密な人間ドラマを展開させたいですね。様式美と人間臭さ、その二つがミックス出来てこその《椿姫》ですし、大いなる愛の物語として完成するのだと思います」

(2020.2月初旬 東京都内稽古場にて)
取材・文:寺司正彦


【Profile】
原田 諒(Ryo Harada)

1981年、大阪市出身。同志社大学在学中の2003年、宝塚歌劇団入団。2010年『Je Chante-終わりなき喝采-』の作・演出でデビュー。『華やかなりし日々』、『ロバート・キャパ 魂の記録』(共に2012年)で、第20回読売演劇大賞 優秀演出家賞を受賞。2016年に作・演出を手掛けた『For the people-リンカーン 自由を求めた男-』で、第24回読売演劇大賞 優秀演出家賞・優秀作品賞を受賞。『ベルリン、わが愛』(2017年)、『ドクトル・ジバゴ』(2018年)は第43回菊田一夫演劇賞を受賞した。近年の主な作品に『雪華抄』、『MESSIAH-異聞・天草四郎-』などがある。また『ふるあめりかに袖はぬらさじ』、『安蘭けいドラマティック・コンサート』など外部での演出も手掛けている。オペラの造詣も深く、今回の《椿姫》が自身初のオペラ演出となる。


【Information】
東京二期会オペラ劇場
ヴェルディ《椿姫》(新制作)(全3幕・日本語字幕付き原語(イタリア語)上演)


2020.2/19(水)18:30、2/20(木)14:00、2/22(土)14:00、2/23(日・祝)14:00
東京文化会館

指揮:ジャコモ・サグリパンティ
管弦楽:東京都交響楽団

演出:原田 諒

装置:松井るみ
衣裳:前田文子
照明:喜多村 貴
振付:麻咲梨乃

ヴィオレッタ:大村博美(2/19,2/22) 谷原めぐみ(2/20,2/23)
フローラ:加賀ひとみ(2/19,2/22) 藤井麻美(2/20,2/23)
アンニーナ:増田弥生(2/19,2/22) 磯地美樹(2/20,2/23)
アルフレード:城 宏憲(2/19,2/22) 樋口達哉(2/20,2/23)
ジェルモン:今井俊輔(2/19,2/22) 成田博之(2/20,2/23)
ガストン:高柳 圭(2/19,2/22) 下村将太(2/20,2/23)
ドゥフォール:髙田智士(2/19,2/22) 米谷毅彦(2/20,2/23)
ドビニー:北川辰彦(2/19,2/22) 伊藤 純(2/20,2/23)
グランヴィル:清水宏樹(2/19,2/22) 峰 茂樹(2/20,2/23)
ジュゼッペ:根津久俊(2/19,2/22) 吉見佳晃(2/20,2/23)
仲介人:岸本 大(2/19,2/22) 香月 健(2/20,2/23)
合唱:二期会合唱団

ダンサー:千葉さなえ、玲実くれあ、輝生かなで、栗原寧々、鈴木萌恵
     岡崎大樹、上垣内 平、宮澤良輔、谷森雄次、岩下貴史

※出演者変更
2月20日(木)と23日(日・祝)のアルフレード役にて出演を予定していた前川健生は、体調不良のため出演が不可能となりました。

問:二期会チケットセンター03-3796-1831
http://www.nikikai.net/lineup/traviata2020/