39「役を生きることが好き」――世界で活躍するソプラノによるオール・イタリア・プログラム取材・文:井内美香 昨年11月に中村恵理が浜離宮朝日ホールで開いたリサイタルは、その入魂の歌唱で聴衆の熱狂を引き起こした。今年の12月には再び彼女の歌が聴ける。しかも今回は全曲イタリア・プログラムだ。 「また浜離宮朝日ホールで歌わせていただくことはとても嬉しく、光栄に思っています。前回お客様から届いた感想なども参考にしながら曲目を選びました。 イタリア語だけでプログラムを組むのは初めてです。最近、私が舞台で歌うのは90%以上がイタリア・オペラ。昨年のリサイタルでは、プッチーニの《マノン・レスコー》と、アンコールで《トスカ》を初めて歌い、『ああ、やはり自分は役を生きることが好きなのだ』と実感しました。今回は前半にイタリア歌曲、後半は全てプッチーニのオペラからの曲を歌います」 前半のイタリア歌曲は、スカルラッティに始まり、ドナウディを3曲、そしてマスカーニ、レオンカヴァッロ、レスピーギなどが歌われる。 「ドナウディはサロンで歌えるような美しいメロディの曲が揃っていて、前から取り組みたいと思っていました。マスカーニ、レオンカヴァッロはプッチーニの同時代人でもあり、後半のプッチーニが決まっていたのでヴェリズモの作曲家も取り上げたいなと。レスピーギはまた系統が少し違って、イタリアの哲学的で厳格な面が表れている、構築された世界です」 前回、マスネ《マノン》で二重唱を歌ったテノールの工藤和真が、《トスカ》第一幕の二重唱、そして、プログラム最後の《蝶々夫人》第一幕の愛の二重唱に出演する。 「工藤さんとは声が合うと思っています。何も言わなくてもスッとやってくださるので、音楽的なことを話し合いで決める必要もないんです。《トスカ》のカヴァラドッシはもうすでに歌っていらっしゃるので、お力を借りて初めて二重唱に挑戦します。《蝶々夫人》は逆に『ピンカートンも歌いたい』というお話をされていたので、『じゃあ私でよければぜひ』と。 私はこの夏、思い立ってローマに行って来たのです。観光で訪れたのは初めてで、《トスカ》の舞台となったサンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会や、サンタンジェロ城にも行きました。サンタンジェロ城は、トスカが飛び降りる前に見た風景を見たいと思ったのです。すごく良かったです。イタリア語は、オペラの現場以外でも通じるか心配でしたが、レストランでもちゃんとやっていけました(笑)」 プッチーニのオペラは他に、《ラ・ボエーム》第三幕のミミのアリアと、《つばめ》第一幕から〈お金のほかには何もないんだわ!〜お嬢さん、愛が花ひらいたよ〉を歌う。ヒロインのマグダが、自分の《ラ・ボエーム》的な時代を回想するアリアだ。 「あまり演奏されないけれど、マグダが本当に生きたかった世界がちゃんと表現されている良いアリアです。 プッチーニのヒロインたちの、『こういう風に生きたかった』と言えるような曲が揃ったと思います。劇場と違ってステージと客席が近いですから、親密な空間で物語を共有できれば」 役に没入して歌う中村を支えるのはピアノの木下志寿子である。 「木下さんなくしては、という感じです。私が演奏中にどういう状態になっているかを察して弾いてくださるので本当にありがたいです。ヨーロッパに行く前から長い間親しくさせていただいている方と、ずっとこうやって一緒に音楽を志していけるのは本当に幸せなことです」 前回のリサイタルの後、カナダで《蝶々夫人》、英国で《修道女アンジェリカ》と忙しい日々を送っていた中村。来年もアメリカのコロラド・オペラ他で《蝶々夫人》を歌うなど活躍が続く。 「日本では最近、ヴェルディを歌わせていただくことが多かった気がします。プッチーニは私の大切な作曲家の一人ですので、この機会にぜひまたプッチーニの世界を取り上げたいと思いました。たくさんの方に来ていただけたら、本当に嬉しいです」
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