eぶらあぼ 2025.11月号
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文:森岡実穂 「長く語り継がれる上演」。たとえば、カルロス・クライバー指揮ウィーン国立歌劇場の《ばらの騎士》(1994年)はそういう上演のひとつである。9月中旬に演奏会形式で上演されたリッカルド・ムーティ指揮東京春祭オーケストラによる《シモン・ボッカネグラ》もまた、あの日の多くの聴衆に語り継がれる舞台となるのではないか。ピエロ・プレッティの甘く凛々しいアドルノ。アメーリアを歌ったイヴォナ・ソボトカの美しい弱音。ミケーレ・ペルトゥージのフィエスコは、ひと言口にするたびに劇場の背景まで見えるようだった。ジョルジェ・ペテアンのシモンが大きな包容力で「平和を! 愛を!」と語り掛ける場面では、3年前のウクライナ侵攻開始直後の「東京・春・音楽祭」、ムーティのスピーチでこの一節が引用されたことも思い出された。長原幸太率いる東京春祭オーケストラと東京オペラシンガーズも、圧倒的な集中力でマエストロの熱意に反応した。彼がいかに歌手や奏者たちを細やかにあおり、のびやかに疾走させ、決め所では力強く統率したことか。オペラは指揮者次第でこれだけ濃密なものになることをまざまざと感じさせられた。 こうなるとなんとか彼が指揮する完全なオペラ公演を観たくなるわけだが、最近はめったにオーケストラピットに入って指揮することがないムーティが、来年春に東京文化会館で《ドン・ジョヴァンニ》を「上演」するという大ニュースが発表された。東京春祭では、ヴェルディの伝道師として多くの若い音楽家に薫陶を授け、《マクベス》《アイーダ》などの名演を残してきた彼が、自らにとってのもうひとりの大切な作曲家、モーツァルトのオペラを取り上げることもうれしい驚きだ。 9月10日の記者会見では、ムーティのモーツァルト愛が熱く語られた。 「ダ・ポンテ三部作については、私は真の意味でイタリア・オペラだと考えています。モーツァルトはイタリアの精神の中に入り込み、イタリア語に対する深い知識を持ってこのオペラを書いたのですから」 イタリアの芸術作品には、陽気さの裏に、ダンテやミケランジェロの国ならではの悲劇性や哀しみがあり、彼の作品にもそれは当てはまるのだと言う。34また、モーツァルトとヴェルディのオペラの共通点についてはこんな心あたたまるコメントも。 「我々みな欠点を持っていますが、ベートーヴェンならそこを『ダメじゃないか』と厳しく指摘してきそうです(笑)。でもモーツァルトやヴェルディは『これが私たちなんだよ』と言ってくれる。彼らの音楽を聴くと、私たちそれぞれがオペラの人物たちの中に自分自身を見つけられる気がするのです」 さらに、ドン・ジョヴァンニの魅力についてのひとこと。 「悪の精神を体現する存在ですが、地獄堕ち前にはこの世界を暗い光で照らしており、彼がこの世から消えてしまうと、みな道を見失ってしまうというか、どうしていいかわからなくなってしまうのです……」 今回のドン・ジョヴァンニを歌うのは、4年前に《マクベス》題名役でムーティが日本に紹介したルカ・ミケレッティ。9月12日の大阪・関西万博、イタリアナショナルデーのローマ歌劇場管弦楽団公演で美声を聴かせてくれたばかりだ(YouTube上で映像公開中)。彼は演出家としても活躍しており、来年1月にはヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場で《シモン・ボッカネグラ》の新演出を発表予定。歌と演技を多面的に考え表現できる彼がこの公演の核にいることに期待は高まる。さらにマリア・グラツィア・スキアーヴォ(ドンナ・アンナ)、マリアンジェラ・シチリア(ドンナ・エルヴィーラ)ら今が旬の歌姫たちほか、ムーティの選んだ精鋭がキャストに揃う。演出を担うのはキアラ・ムーティ。舞台装置と衣裳は、本演出の初演時(トリノ王立歌劇場とパレルモ・マッシモ劇場の共同制作)のものがイタリアからやってくる。父ムーティの音楽観を熟知した彼女は、細部までビジョンを共有した舞台を創り上げてくれるだろう。 この公演は、幾多の歌劇場の来日公演の舞台となってきた東京文化会館の長期休館前にオペラが聴ける最後の機会となる。いろいろな意味でさらなる「語り継がれる上演」のひとつになるだろうこの《ドン・ジョヴァンニ》を、多くのオペラファンに観てほしい。リッカルド・ムーティ指揮オペラ《ドン・ジョヴァンニ》

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