eぶらあぼ 2025.7月号
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それでも踊るそれでも踊る者たちのために者たちのために第129回 「『ナハトム』とは何か?」しいダンスの波が起こった。このころはフランス語の「ヌーベル・ダンス(ニューダンス)」が日本でも一般的に使われていた。またドイツ表現主義のスタイルを色濃く受け継いでいたピナ・バウシュも「ノイエ・タンツ」と呼ばれていた。 はじめはその「新しさ」に熱狂していたのだが、しだいに「新しさ競争」には飽きてくる。目新しく変わった動きを見ても、「新しい、けどつまらん」となってくる。そしてより、深く内容を掘り下げる作品が求められ、それに呼応するようにどんどん素晴らしい作品が生まれていったのである。 そうなると「(以前と比較して)新しい」ということには、何の意味もなくなる。いま生きているこの世界のリアルを描く「コンテンポラリー(同時代性)」という言葉が使われ出した。もちろん日本では、文字数の限られた新聞などにおいて「現代舞踊(日本では主にモダンダンスを指していた)」と書かれそうになるたびに、アーティストが「コンテンポラリー・ダンスでお願いします」と念を入れていたのである。 じつは「モダン」「コンテンポラリー」の分け方は、音楽や文学、アートなど分野によってそれぞれ違う。とはいえ「コンテンポラリー・ダンス」が使われ出して半世紀近くになる。そろそろ新しい呼び名を……と思うが、コンテンポラリー・ダンスには決まった型がない。つまり古くなりにくい。新しい試みも貪欲に呑み込む表現の底なし沼なので、まだしばらくはこのままかもしれない。 テレビのクイズ番組をなんとなく見ていたら、「空欄に入る言葉は何でしょう。モーツァルトの有名な曲『アイネ・クライネ・○○○○ジーク』」という問題が出た。正解は「ナハトム」。 本誌の読者なら「いやいやいや」と思うだろう。これは「小さな夜の曲」という意味なので、切るとすれば「ナハトNacht(夜)/ムジークMusik(音楽)」である。クラシック音楽のファンなら常識だし、しのぎを削る日本のクイズ業界でこんな初歩的なミスをして、誰も気づかないとはどういうことなのか。 ひとつ思いつくのが、某超人気有名バンドの曲『ナハトムジーク』である。映画の主題歌にもなっている。ファンがカラオケでこの曲を入れるとき「あれいこう、ナハトム!」というのが変に浸透してしまっているのかもしれない。 が、モヤモヤする。このモヤモヤ感が何かに似ていると思ったら、コンテンポラリー・ダンスを「コンテ」で切る最近の風潮である。そりゃ長いけれども。「CONTEMPORARY」を接頭語の「CON」で切ったら意味わからんけれども。いい年をした連中まで「コンテ」とか言っているのを耳にすると、なんかもうね、モヤモヤする。 コンテンポラリー・ダンスという、日本人にとって長くて覚えにくく馴染みのない言葉が使われ出したのはそんなに古いことではない。 ちょっと遡って1900年初頭に「バレエとは違う新しい芸術的なダンス」という意味合いで「モダンダンス」という言葉が生まれた。ドイツ表現主義舞踊が中心になって「ノイエ・タンツ(ニューダンス)」、アメリカの巨匠マーサ・グラハムが物語性のあるダンスで表現領域を広げ「モダンダンス」の代名詞となり、世界中に影響を与えた。もちろん日本もだ。 しかし1970年代から80年代にかけて、フランスやドイツ、そして巨匠モーリス・ベジャールが作った芸術学校ムードラがあったベルギーなどを中心に、新124Profileのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。「ダンス私塾オンライン」開設。皆様の参加をお待ちしております!乗越たかお

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