eぶらあぼ 2024.6月号
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27取材・文:井内美香 近年、世界の一流歌劇場を席巻しているソプラノといえばネイディーン・シエラだ。潤いのある美声の、高音が輝かしいコロラトゥーラ・ソプラノである。その彼女が6月にはついに英国ロイヤル・オペラと来日し、アントニオ・パッパーノが指揮する《リゴレット》に出演するのだ! 今回はパッパーノが音楽監督として同劇場を率いる最後の日本公演となる。 ジルダはシエラがメトロポリタン歌劇場(MET)やミラノ・スカラ座にデビューした役柄であり、その後もパリ・オペラ座、ベルリン国立歌劇場、アレーナ・ディ・ヴェローナ他、多くの歌劇場で歌っている彼女のもっとも得意とする役の一つだ。 「ジルダは私がとても大切にしている役です。若いソプラノ歌手なら誰もが憧れる役でしょう。当たり役と言われるようになったのは、舞台で一緒に歌った素晴らしい共演者たちから多くを吸収できたからではないかと思います。中でも、2016年にミラノ・スカラ座でレオ・ヌッチと共演したことは忘れられない出来事でした。それは私のスカラ座デビューで、観客の熱狂的な反応が本当に嬉しかったです」 《リゴレット》の共演者で彼女に大きな影響を与えた歌手は、ヌッチの他にルドヴィク・テジエがいるという。METやスカラ座などには、最近もこのオペラが再演される度に出演しているシエラ。演技派としても高い評価を得ている彼女にジルダ役の解釈について聞いてみた。 「ジルダはナイーブで、純粋で希望に溢れ、夢みがちな乙女です。物語の最後には、ジルダは最大の犠牲を払います。この彼女の進化が演技をとても難しくしていますが、同時に魅力でもあります。ジルダのアリア〈麗しい人の名は〉は、コロラトゥーラや感情表現、音の美しさを必要としますし、彼女に起こる悲劇を表現するためのドラマティックな声が求められます。私の人生経験が歌に反映されて歌い方も変わってきていると思いますし、特に最後の場面にはそれが表れていると思います」 フロリダ州出身のアメリカ人で、10代の頃からプロのオペラ歌手として活動している。 「私のオペラとの出会いは6歳の時でした。母が図書館で借りてきた《ラ・ボエーム》のビデオを見た時です。それは人生を変えた体験でした。そして、私はすぐに歌の勉強を始めたのです」 シエラはこれまで様々なコンクールで入賞しており、特に同じアメリカ出身の大歌手マリリン・ホーン財団の声楽コンクールとMET全国オーディションでは歴代最年少の優勝者という記録を保持している。彼女が声楽を勉強する上で大きな影響を受けた人として挙げる名前もマリリン・ホーンだ。 「マリリン・ホーンは私の長年のメンターでした。疑問や心配がある時には彼女のもとを訪れ、意見を聞くことでインスピレーションを得ています。彼女の芸術への献身と規律正しさは、私に多くのことを教えてくれました」 快進撃を続けているが、いまだに勉強の日々だという。 「たとえどのような美しい声や才能を持っていたとしても、この職業は大きな努力と犠牲を払わなければ続けられません。終わりはないんです。年齢とともに声は変わっていきますし、新しいレパートリーも獲得しなければなりません。すでに自分が歌っているオペラでも、何年か経ってまた歌う時には調整が必要です」 かなり前にコンサートに出演して以来の来日で、オペラ出演は初めてとなる。 「今回、英国ロイヤル・オペラと来日してジルダを歌えることをとても楽しみにしていますし、呼んでいただいたことに感謝の気持ちでいっぱいです。日本には素晴らしい劇場やコンサートホールがありますから、本当はもっと日本で歌いたいのです。日本の聴衆はクラシック音楽に対する趣味が良く、大きな敬意を払ってくれるので、オペラ歌手なら誰でも日本で歌いたいはず。それに私は日本文化が大好きなんです。食の喜び、伝統の優雅さ、現代性などが素晴らしいです。6月に訪れることを楽しみにしています」Profile1988年アメリカ、フロリダ州生まれ。16歳でオペラ・デビュー、2017年リチャード・タッカー音楽財団賞受賞をはじめ、数々の受賞歴を持つ。メトロポリタン歌劇場、ミラノ・スカラ座、パリ・オペラ座など、欧米の著名な歌劇場で活躍。なかでも、《リゴレット》のジルダと《ランメルモールのルチア》のルチア役、《椿姫》のヴィオレッタ役などは、現在最高の歌い手の一人と認められている。23年9月に英国ロイヤル・オペラに《愛の妙薬》でデビュー、24年の春には得意とする《ランメルモールのルチア》で再度出演している。輝きを増す歌姫が当たり役のジルダで日本オペラデビュー

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