eぶらあぼ 2024.3月号
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27 ジョナサン・ノットと東京交響楽団の冒険に立ち会えることは、いま東京圏に暮らす幸運のひとつだ。彼が音楽監督としてともに歩む11年目は、本拠地を擁する川崎市の市制100周年。都市と人々と音楽を新たに結ぶ絆として、新旧の多様な作品を織りなし、未来へと力強く創造的な意志を告げるシーズンになるだろう。 「これまでの10年間のコラボレーションは、私の人生においてもっとも美しいインスピレーションに満ちた音楽の旅と言えます。私が深く関わったアンサンブルにはそれぞれ固有の美しさや特別な個性があります。ですが、東京交響楽団と聴衆のみなさん、東響コーラス、事務局を含めて、これほど献身的で熱意に充ちた集合体はないと思っています」 ノットは一語一語を考えぬくように積み重ねていった。これまでの歩みを噛み締めるように。 「私たちはあらゆることに挑戦します、たんなる反芻を除いてね。ここ半年の間にも、また新しい段階に入ったと実感しています。私自身も変化し、東響の演奏家はさらに豊かで柔軟になってきました。私たちはいま新たな出発を遂げたところで、どれだけ長期にわたって発展して行けるか楽しみでなりません。ここではきわめて特別なことが起きています、それより美しいことなどあるでしょうか……」 発見と驚きと情熱の詰まった11年目のシーズン、音楽監督ノットは定期演奏会の約半分を占める4本、東京オペラシティでの2本のプログラムを指揮し、ハイドン、モーツァルトから、ロマン派や近代、リゲティ、ジャレルの新作、酒井健治まで、多彩な響きの時空を遠大に旅していく。 「来シーズンもまた新しいものと古いものをバランスよく織りなし、オーケストラがさらなる技巧や色彩をもって進化を遂げられるように、多様な作品を組み合わせます。色彩を拡充すべく、ラヴェルなどフランス音楽もさらに探求しますよ。ベルリオーズとイベールの間には、酒井健治のヴィオラ協奏曲『ヒストリア』を。素晴らしい東響コーラスとは、デュリュフレのレクイエムに初めてチャレンジします。私の人生にとってリゲティは重大ですが、今季は『ヴォルーミナ』を、古典派の名作と組み合わせます。新作の創造もきわめて重要な仕事です。今回委嘱したミカエル・ジャレルは長年の知己。非常にポエティックで美しい響きの世界を書いています」取材・文:青澤隆明 シーズンを重ねてのチクルス的な取り組みも佳境を迎え、マーラーは「大地の歌」、ブルックナーは交響曲第7番、ベートーヴェンはいよいよ第5番に挑む。新ウィーン楽派もひき続き歴史を繋ぐ鍵となる。 「シェーンベルクではヴァイオリン協奏曲を初めて指揮します。新ウィーン楽派の作品はただモダンであるだけでなく、私たちが生きる世界を反映している。同作に続いて、ベートーヴェンの第5番を再訪しますが、『再訪する』というのも不可欠な仕事です。ブルックナーは第2番、第1番を経て、第7番を再発見します。『大地の歌』は非常に複雑な作品ですが、前半に武満とベルクを組み合わせることにより、マーラーの音響世界の真の姿がみえてくるでしょう」 さらに、秋山和慶や大友直人、原田慶太楼という世代も異なる東響指揮者陣、客演ではウルバンスキ、オラモ、ヴァンスカ、沼尻竜典、新進気鋭のマトヴィエンコやトンチエ・ツァンが、20世紀へのまなざしも色濃くプログラムを実らせ、壮大な画布が広がる。 「音楽監督としての私の役割はある種の柱となること。東響と関係が深い素晴らしい指揮者たち、そして若い世代の才能とともに、シーズン全体としてダイナミックなバランスが生み出される。そうして、新しいなにかが年々育まれて行くのです」 新シーズンを通じて、異なる方角で、多彩な響きの世界が広く鋭く探訪されることになる。 「作品に応じて異なる色彩、異なる美学を見出し、ひとつのコンサートのなかで変化することが課されます。プログラミングは料理と似ていて、神戸ビーフだけではうまくいかない。と言って、フライド・チキンと組み合わせてもだめです。たんにショックを与えるようなものでは断じてない。またコンサートに行きたくなり、聴いたばかりの演奏について1週間とは言わずとも少なくとも1日は考えていただけるような、良質な時間を創り出さなくてはいけないのです」Profileイギリス生まれ。ルツェルン響首席指揮者兼ルツェルン劇場音楽監督、EIC音楽監督、バンベルク響首席指揮者を経て、2017年よりスイス・ロマンド管音楽監督。抜群のプログラミングセンスと幅広いレパートリーで、世界の主要オーケストラ・音楽祭に客演。2010年仏Midem音楽賞最優秀交響曲・管弦楽作品部門賞、09年バイエルン文化賞受賞。16年バンベルク大聖堂にて功労勲章を授与される。「ミュージック・ペンクラブ音楽賞」を東響と共に受賞。音楽の友誌「コンサート・ベストテン」、毎日クラシックナビ「公演ベスト10」にて、東響をベストコンサートに導く。新たな出発を経て、どれだけ発展して行けるか楽しみです

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