eぶらあぼ 2024.1月号
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Interview坂下忠弘(バリトン)日本の四季を映し出す、中田喜直の愛すべき歌を集めて 〈夏の思い出〉〈ちいさい秋みつけた〉など、誰もが知る歌曲の作曲家・中田喜直(1923~2000)は、2023年、生誕100年を迎えた。この記念すべき年に、中田作品を集めたアルバムをリリースしたバリトン歌手がいる。二期会所属のオペラ歌手であり、また童謡やシャンソンなど多彩なジャンルで活躍する坂下忠弘だ。桐朋学園大学在学中に、中田喜直夫人の幸子氏のレッスンを受ける機会を得て、そこから中田の命日の頃に開催される「水芭蕉コンサート」に出演するようになったのだという。CDのブックレットには幸子夫人も「中田喜直が生前坂下くんと出会っていたら、さぞやこの声に喜んだことでしょう」と賛辞を寄せている。 「中田先生は、常々“子どもの歌”をつくることが自分のあるべき姿だ、と語っていらしたそうです。生誕100年にあたってアルバムを作るからには、クラシックをあまり聴かない方や、お子さんを育てている方などがちょっとした時に聴けるようなものにしたいと考え、いわゆる歌曲ではなく、童謡歌曲と呼ばれる作品を中心に選曲しました。小曲をメインに、全体は、春から冬へと四季が移っていくように並べています。季節感が薄れているといわれる近年ですが、“古き良き日本の四季”を感じて明快さとワクワク感は、魅力的な音楽の力を得ていっそう強調されているから、大人も子どももアリスと一緒に、不思議の国の世界を存分に冒険できる。しかも歌手陣には岩崎香、山本耕平、奥秋大樹ら旬の名が並び、指揮はイタリアやドイツでの経験が豊富な平野桂子。子どもは最高の音楽体験ができ、大人は日常を忘れてどっぷり浸れる。だれにとっても濃い時間が約束されている。1/13(土)、1/14(日) 【第1部】各日14:00 【第2部】各日19:00 日経ホール問 奏楽会03-4570-6731 https://www.chiyodaopera.jp※第1部と第2部でキャストが異なります。詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。いただけたら、と思いました」 “古き良き日本”とはいっても、音楽自体は決して古臭くはない。むしろ、都会的でおしゃれな雰囲気を持ったものが多い。知られざる曲も多く収録されており、「中田喜直」という作曲家の多面性に驚かされるのではないだろうか。 坂下の最大の美点は、「日本語の発声が美しい」ということ。ブックレットに記載の歌詞を見なくても、ひとつひとつの言葉がしっかりと聴こえてくる。ほとんどの作品がシンプルな伴奏による有節歌曲だが、毎回同じメロディを言葉の内容に即して歌い分け、また人称の変化によって表現にも変化がつけられるなど、その演奏表現のクオリティは抜群に高い。 最近ではYouTubeチャンネルを開設して、中島みゆきやユーミンといったJ-POPや昭和歌謡など様々なジャンルの歌を披露している坂下。 「これはオペラ、これはポップスといったカテゴライズにとらわれず、どんなジャンルでも“自分が歌うことに意味がある”と思ったものを歌っていきたい。クラシック音楽に自分のアイデンティティがあることは否定しませんが、“ジャンルは坂下”というのが歌い手としての僕のスタンスです」 よく知っている曲でも、坂下忠弘が歌うことでまた違った意味や輝きが生まれる。まずはこのアルバム『さくら』(ピアノ:松下倫士)を聴いて、その表現する世界を体験してみてほしい。CD『さくら 〜中田喜直ソングス』録音研究室(レック・ラボ)NIKU-9056 ¥3080(税込)岩崎 香山本耕平取材・文:室田尚子文:香原斗志©正司尚道平野桂子70千代田区オペラ 木下牧子作曲 《不思議の国のアリス》本格的な舞台で味わう最高のファンタジー 昼下がり、7歳のアリスがおかしな白ウサギを追いかけて深い穴に落ちると、そこは不思議の国だった――。ルイス・キャロルの著名な童話を原作に、木下牧子が自身初のオペラとして作曲した《不思議の国のアリス》(2003年初演)。これがじつに本格的なオペラなのだ。全2幕9場は原作のプロットに忠実にしっかりと再構成され、音楽はテンポよく、ピアノを含む八重奏のアンサンブルは色彩豊かで、ソロのパートは聴きやすい。要は、大人もじっくりと鑑賞するに堪える作品なのである。 そうは言っても、童話ならではの筋の

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