eぶらあぼ 2023.5月号
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41Interview小倉貴久子(フォルテピアノ)最後の3つのソナタには天空の星=神の煌めきがあります フォルテピアノ奏者の小倉貴久子がベートーヴェンのソナタ第30~32番(作品109~111)をALMレーベルに録音、『nuovo vivente(ヌオーヴォ・ヴィヴェンテ=新しく生きている)』のタイトルでリリースした。第27~29番を収めた『ハンマークラヴィーア』の続編に当たるが「最後の3曲は先行する3曲をまたひとつ、超えた領域に存在する」と、小倉は考えている。 例えばベートーヴェンの「不滅の恋人」、薄幸のうちに亡くなったヨゼフィーネ・ブルンスヴィックへの追憶と目される第31番。 「第2楽章のドミナント和音からそのまま第3楽章へ入り、レチタティーヴォで心情を独白した後に始まる“嘆きの歌”はカンタータに近く、深い喪失感の表明です。この部分が暗黒というか、無に帰していく先に、ヨゼフィーネのテーマのフーガがあります。ベートーヴェン後期の作品はバロック音楽の技法も積極的に取り入れていますが、この嘆きはさらに特殊です。インド思想への傾倒からか、前の響きを残したまま反行テーマが始まり、フワフワと縮小拡大を続けるあたり、魂が生き続ける輪廻転生のあり方を示しているようにも思え、『ヌオーヴォ・ヴィヴェンテ』と名付けました」くれること間違いない。もちろんトリュフォー映画等の音楽を手掛けたドルリューが書いた金管五重奏曲「ステンドグラス」も必聴だが、やはり巨匠ルグランによる『シェルブールの雨傘』や『ロシュフォールの恋人たち』、『華麗なる賭け』をはじめとする名作映画を彩ったナンバーで構成されたメドレーもぜひ楽しみにしたい。6/24(土)14:00 静岡/長泉町文化センター6/27(火)19:00 宮城/えずこホール6/28(水)19:00 渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール6/29(木)19:00 大阪/豊中市立文化芸術センター問 プロアルテムジケ03-3943-6677 https://www.proarte.jp もちろんシラーの文学、カントの哲学からの影響も後期では一段と深まり、「大切な要素が絶えず“超越”と結びついている」という。 「『第九』第4楽章に使われたシラーの『歓喜に寄す』の歌詞には天空の星、つまり神が現れます。『僕も亡くなったら、あそこに行く』という星たちへの思いが反映されているとしたら、後期作品のトリルは星の煌めきだと考えられ、現代ピアノのカーンとした高音よりも、フォルテピアノの方が、この世のものとは思えないキラキラ感を表現できるはずです」 録音に使用したフォルテピアノは1845年、ヨハン・バプティスト・シュトライヒャーが製作したウィーン式の楽器。 「ポイントはまず、革製のハンマーです。初期のフォルテピアノに比べ革巻きの層が厚くなり音の減衰速度がゆっくりである一方、子音が人の言葉のように立ち、母音が豊かに響くため歌の要素が際立ちます。弦の張り方も現代の交差弦と違って平行弦なので、各声CD『nuovo vivente ベートーヴェン クラヴィーア・ソナタ 作品109, 110, 111』コジマ録音ALCD-1216 ¥3300(税込)部の音が混じらず明瞭に聴こえ、音域による音色感の違いも反映させやすいのです。第32番の冒頭はフォルティッシモではなくフォルテなのですが、絶対音量ではない“雑音の凄み”のようなニュアンス、ギリギリ感も余力のない楽器だからこそ出せた気がします」取材・文:池田卓夫 ©Tomoaki Umino文:東端哲也パリ管弦楽団ブラス・クインテット名門楽団のブラス・サウンドでたどるフランス音楽の歩み 楽壇の寵児のひとり、クラウス・マケラが音楽監督を務めていることでも知られる名門パリ管弦楽団。この名人集団の首席ソロ金管楽器奏者5人(トランペット×2、ホルン、トロンボーン、テューバ)で結成した華麗なるクインテットが6月に来日。新旧とりまぜたオール・フレンチ・プログラムで東京など4ヵ所をツアーする。日頃から楽団でも、特にフランス音楽を演奏するのに不可欠な、透明で色彩豊かな管楽器セクションを支える重責を担っている彼ら。ビゼーの「カルメン組曲」やドビュッシーの小品などで、胸のすくようなクリアで鮮やかなトーンを響かせて

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