eぶらあぼ 2023.5月号
41/149

38 近藤譲を真剣に聴くことは、音楽とは何かを考えることに限りなく等しい。なぜなら欧米の前衛音楽と向き合い、フォロワー(後続者)になることなく、乗り越えてゆくためにはどうすればいいのか? このことを近藤ほど考え抜いた日本の作曲家は、他にいないからだ。 近藤といえば「線の音楽」が代名詞となっているが、この作曲方法を理解するためには、バックグラウンドにある彼の考えを知る必要がある。近藤が「線の音楽」を生み出す上で参照したのは、ケージが1940年に発明した(ピアノの弦に異物を挟む)プリペアド・ピアノのための音楽だった。プリペアドされた音はあまりにピアノ本来の音色と異なっていたため、ケージは伝統的な調性音楽とは全く異なる感覚で音を繋げていた。それに近藤は着目したのだ。 近藤作品の最初期は、どこか旋法的で薄い響きが特徴だったが、80年代に足を踏み入れる頃からは和音の色彩をもった線になったり、80年代半ば以降は硬質で不協和な音響が増えたりと、耳にするサウンドは時代ごとに変わっていった。しかしそれでも近藤が一貫して「線の音楽」という言葉で自作を説明し続けているのは、この作曲方法は表層的なサウンドの違いが本質ではないからだ。 一聴しただけでは無機質な音の連なりに思えたとしても、私たち聴き手が集中して向き合いはじめるやいなや、“何か”が視えてくる。「線の音楽」は言ってしまえば、人によって、もしくは同じ人でも聴くたびに、異なる音の秩序が感じられることに本質がある。いわば“鏡”のように聴き手個人を映し返す音楽なのだ。我々が音楽から何を聴き取ろうとしているのかということを自覚させてくれるのが、この作曲家の面白さなのである。 極めてストイックな音楽であるがゆえ、独奏や室内楽が近藤作品の主ではあるが、入門として聴きやすいのはオーケストラ作品である。5月25日の公演では録音で既にお馴染みの作品ではなく、その裏に隠れた作品をま管弦楽作品の貴重な実演機会ず聴けるのが貴重だ。管弦楽における近藤の代表作「林にて」と同年に書かれながらも、録音が出回っていないので言及されることすら少ない「牧歌」(1989)が1曲目。傑作「林にて」のいわば姉妹作だ。 2曲目の「鳥楽器の役割」(1974)は、初期の代表作である「視覚リズム法」(室内楽またはピアノ独奏)の次にあたる作品。録音した鳥の鳴き声を低速再生して得られた音響を、弦楽器のグリッサンドで模していくというユニーク極まりない音楽だ。 3曲目は管弦楽ではなく、クラリネットアンサンブルによる「フロンティア」(1991)。ソロ3名と、アンサンブルのサウンドが対比されるので、編成の構図としてはバロック時代の合奏協奏曲を想起させるが、当然まったく異なる音楽になるのが興味深い。 そして残りの2曲は世界初演となる新作である。4曲目の「ブレイス・オブ・5/23(火)19:00 フィルム&トーク5/25(木)19:00 近藤 譲の音楽5/28(日)15:00 2023年度 武満徹作曲賞本選演奏会東京オペラシティ コンサートホール、リサイタルホール(5/23のみ)問 東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999 https://www.operacity.jp※記載公演以外に共催公演(室内楽・合唱作品の個展)あり。詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。近藤 譲 ©Jörgen Axelvallシェイクス」(2022)はスコアの表示によれば3分半しかないが、5台のカウベルが活躍。5曲目「パリンプセスト」(2021)は、グレゴリオ聖歌のレスポンソリウムを下敷きにして書かれたピアノ曲「柘榴」(2020)を管弦楽に書き直した曲で、近藤の現在地が聴けるはず。演奏は、作曲家が指名したフランスの現代音楽のスペシャリスト、ピエール゠アンドレ・ヴァラド指揮の読売日本交響楽団ほか。 オーケストラ個展の2日前にはドキュメンタリー映画『A SHAPE OF TIME - the composer Jo Kondo』の上映も。もちろん、東京オペラシティのコンポージアムは「武満徹作曲賞」を軸に企画されるものなので、審査員として近藤譲がどんな若手のオーケストラ作品を評価するのかにもご注目いただきたいし、今年は関連公演も充実しているので、まずは「コンポージアム2023」のウェブサイトをチェックしてみてほしい。文:小室敬幸“音楽を聴くこと”の本質を求めてコンポージアム2023 近藤 譲を迎えて

元のページ  ../index.html#41

このブックを見る