37取材・文:後藤菜穂子 今、ヨーロッパで大きな注目を浴びている指揮者、フィネガン・ダウニー・ディアーは英国出身、現在ベルリンを本拠にしている。国際指揮コンクールに詳しい方なら、彼がコロナ禍で敢行された2020年のマーラー国際指揮者コンクールの覇者であることをご存知であろう。23年1月には、ヤナーチェクのオペラ《マクロプロスの秘事》を指揮してベルリン国立歌劇場にデビューを果たしたばかりだ。そのダウニー・ディアーが4月、東京・春・音楽祭に初登場、ブラームスの不朽の名作「ドイツ・レクイエム」を指揮する。 「ベルリンでの《マクロプロスの秘事》は、期待通りどころか、期待をはるかに超える本当にすばらしい体験でした。シュターツカペレ・ベルリンはこれまで経験したどのオーケストラとも違っていて、クオリティの高さはもちろんですが、各奏者のオペラにかける思いが本当に強く、しかも私のような若手に対しても寛大で、彼らと2週間ともに仕事をしたおかげでより良い音楽家になれたと感じています。またオペラと並行して、ブーレーズザールでのオーケストラ公演も指揮することができ、こちらではラヴェルやウェーベルン、ジョージ・ベンジャミンらの精緻で色彩に富んだ作品を取り上げました」 このように彼はオペラにもシンフォニックなレパートリーにも長けていて、とりわけ現代ものを得意としている。もともとは指揮者志望ではなく、ケンブリッジ大学で音楽学を専攻したのち、ロンドンの王立音楽院でピアノを学び、ピアニストとしてとりわけ歌手の伴奏を多く手がけてきた。2014年より英国ロイヤル・オペラ・ハウスで伴奏ピアニストとして現代オペラの上演に携わるようになり、徐々に指揮への興味が芽生えてきたのだという。 「私の両親はいずれも演劇畑――母は女優で、父は劇作家――ですので、子どもの頃から劇場とは縁があり、オペラに携わるようになったのは自然のなりゆきかもしれません」 やがてシモーネ・ヤングやトーマス・アデスのオペラ公演での指揮アシスタントを務めるようになって活動が広がり、ロンドンの「シャドウェル」という主に現代オペラを上演するカンパニーの音楽監督も務めてきた。そうした中でマーラー国際指揮者コンクールに見事優勝。現在はオーケストラとオペラ、どんな比重で活動しているのだろうか。 「コンクール前はオペラが多く、優勝後は一気にオーケストラのお仕事が増えたと言えます。それぞれに良さがあり、どちらの場合も誠心誠意を尽くして、楽しんで指揮しています。実際、最高のオーケストラ公演ではすぐれたオペラ公演と同じような感覚が得られますし、逆に最高のオペラ公演には、オーケストラのコンサートで味わえるような演奏の集中度や完成度があると思います。正直、クラシック音楽においてはそうした区分自体、不要なのではないでしょうか」 ブラームスの「ドイツ・レクイエム」は、ピアニストとして合唱団の伴奏で演奏して以来、大好きな作品だと話す。 「壮大なスケール感を持ちつつ、一人ひとりの心に直接そっと語りかけることのできるすばらしい曲だと思います。映像に例えれば、ワイドショットで撮る中で、超クローズアップに切り替えるような感覚と言えばよいでしょうか。それがこの曲の大きな魅力だと思います」 彼自身、ケンブリッジ在学中は合唱奨学生として週3回の礼拝で歌ってきた経験があり、また過去に合唱団の指揮もしてきたという。特にオーケストラ付きの合唱曲が好きで、「18歳のときにデュリュフレのレクイエムを初めて聴いた時には人生が変わった」と熱く語る。また昨年エーテボリ交響楽団、同合唱団と演奏したフォーレのレクイエムは「自分にとって一年間のハイライトだった」と振り返る。 今回が初来日だそうだが、独唱のジャクリン・スタッカー(ソプラノ)とリヴュー・ホレンダー(バリトン)とはヨーロッパで共演したことがあり、東京での再会を楽しみにしていると話す。最後に、今のような時代にブラームスのレクイエムを演奏することの意義について訊ねると、言葉を選びながら「聴き手の皆さんがそれぞれの思いで曲と向き合い、音楽に浸っていただければと願っています」と語った。Profileロンドン出身。ケンブリッジ大学(音楽学)と英国王立音楽院(ピアノ)を卒業。2020年バンベルク交響楽団のマーラー国際指揮者コンクール第1位。ロンドン・フィル、バーゼル響他と共演。ポーランド国立歌劇場、ライン・ドイツ・オペラ等に登場し、今シーズン、ベルリン国立歌劇場にデビュー。欧州を席巻する気鋭指揮者が東京春祭で初来日!
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