35取材・文:林 昌英 「大切なのは、こういう音楽もあると多くの人に知られること。今回の企画で“あの4人は何を考えているんだ”なんて議論が起きたら嬉しい。状況が許せば『ブラボー』も『ブー』も出てほしい。歓声とブーイングが両方出るコンサートなんて最高じゃん!(笑)」 熱烈な意気込みを語るのは藤岡幸夫。5月に開催される「4人の指揮者によるニュークラシックプロジェクト」受賞記念コンサートについてのコメントだ。藤岡は関西フィル首席指揮者、東京シティ・フィル首席客演指揮者、BS番組『エンター・ザ・ミュージック』の軽妙かつ熱いMCぶりでもお馴染みのマエストロ。発信力の高い彼が事あるごとに語ってきたのは、「愛される新作」が生まれていないという危機感である。 「この50年、コンサートでコンスタントにメインを飾れるような新作は、実際のところ1曲も登場していません。広く愛されて再演される新作が生まれなければ、クラシック音楽は停滞し、衰退していきかねない。昔の名曲だけやればいいという声もあるけど、我々が生きている限りは諦めちゃいけないと思います」 そして、作曲家にチャンスを与える企画として実現したのは、藤岡のほか、山田和樹、鈴木優人、原田慶太楼という、実力と人気を兼ね備えた指揮者たちが出演して、4人が4曲を振るという、本公演である。そのきっかけは、藤岡が3人のYouTube配信番組『The Three Conductors』に登場したことだった。 「お酒を飲みながらのトークで提案してしまい、その責任を取って実現させねばと(笑)。当初は作品の募集だけでもと思ったら、4人でコンサートをやりましょうとなり、合う日程もオケもホールも見つかり、実現に至りました。賞金こそ出ないけど、CD、出版、テレビ放送、公演スポンサー(相互物産株式会社と葵鐘会)もついて、万全の体制が整いました」 応募は想定以上の44曲も来て「優秀な作曲家も多かった」とのことだが、受賞の4作品はほぼ意見が割れずに決まったという。4人の作曲家にはすでに音楽の現場で活躍するプロから、2人の現役大学生までが含まれている。 「受賞曲の選出から各自が担当する曲まで、本当にすぐに決まりました。作曲家の経歴にはこだわらないし、学生とか年齢なんて関係ない。それだけこの4曲が優れていたし、指揮者4人のベクトルが同じ方向に向かっていることも確認できました」 演奏は東京シティ・フィル、愛知室内オーケストラの2団体が参加し、4曲とも合同演奏とのこと。また、コンサートでは指揮者と作曲者全員が、何らかの形でトークをする予定。 「作品については当日のトークでも紹介できるでしょう。とにかくどの曲も新しく魅力的で、多くの人に愛される可能性のある作品です。僕は他の3曲も取り上げていくし、みんなで再演していきたい。皆さんも新しい音楽にワクワクしながら来てほしい」 藤岡の原動力となっている問題意識は、第一線で活躍する指揮者としては異例の提言といえるだろう。 「『現代音楽』はもはや古い言葉です。挑戦的なすばらしい作品が生まれてきたことは事実ですが、その根底にあった『芸術は大衆に迎合してはいけない』という考えは捨てる時代に来ています。今回の『ニュークラシック』という呼び方にもその思いがあります」 わかりやすい曲が劣るかのようなかつての風潮には、藤岡は断固反対し、「調性」と「旋律」の重要性を繰り返し主張する。 「調性と旋律があって、さらに芸術性が高い音楽を書くのは本当に難しくて、才能が必要。それを発掘したい。現代音楽で専門的に“これが旋律”といっても、一般人には旋律のかけらでしかない。真に歌えるメロディの才能がある作曲家が、今こそクラシックに必要だと思います」 考えてみれば、いま「名曲」とされている作品には、初演で失敗、酷評、騒動などの逸話が残っているものが多い。新しい芸術が生まれるときのヒリヒリ感。それは過去だけの話だろうか? ブーイング上等。しかし絶対に楽しませてみせる。藤岡の思いと覚悟を、名指揮者たちが共有した記念コンサート。刮目してその場に臨む。Profile英国王立ノーザン音大指揮科卒業。最も才能あるEU加盟国の若手指揮者に贈られる「サー・チャールズ・グローヴス記念奨学賞」を特例で受賞。1994年「プロムス」にBBCフィルを指揮してデビュー以降、多くの海外オーケストラに客演。首席指揮者を務める関西フィルとは2023年が24年目のシーズン、19年から東京シティ・フィル首席客演指揮者も務める。放送出演も多く、番組立ち上げに参画し指揮・司会として関西フィルと共に出演中のBSテレ東『エンター・ザ・ミュージック』(毎週土曜朝8:30)は2022年10月で9年目に突入、放送450回を超える人気番組。2002年渡邉曉雄音楽基金音楽賞受賞。「ブラボー」も「ブー」も大歓迎! とにかく熱い新作発表の場にしたい
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