7月+夏の音楽祭(その1)の見もの・聴きもの■■■■■■曽雌裕一 編141【ご注意】新型コロナウイルスやロシアを巡る深刻な世界情勢のため、「夏の音楽祭」を含む各劇場の開催内容・出演者に今後変更の起こる可能性は解消しておりません。最新情報は、各劇場等のウェブサイトで念のためご確認下さい。●【7月の注目オペラ・オーケストラ公演】(通常公演分) 昨年はコロナによる変則体制のためか、ウィーン国立歌劇場が7月にも公演を行うという通常あり得ない事態が発生したが、今年は従来通り6月中にシーズンを終了する劇場がやはり多い。その中でフランクフルト歌劇場は、第一次世界大戦中にわずか28歳で戦死したドイツの作曲家ルディ・シュテファンのオペラ「最初の人類」をプレミエ上演する。実はこの作品を指揮するセバスティアン・ヴァイグレは、昨年6月に読響の定期演奏会で同じ作曲家の「管弦楽のための音楽」という作品を指揮している。彼はこのルディ・シュテファンの再評価を自分の使命と考えているのかもしれない。意欲的なフランクフルト歌劇場のキャラクターと相まって7月のオペラ通常公演としてはこれが要注目公演の筆頭と言えそうだ。また、同じ劇場で森内剛が振るマルタンの「魔法の酒」も再演ながらユニークな選曲。 他には、ベルリン州立歌劇場でロトの振るR.シュトラウス「サロメ」、同じくリーニフの振るケルビーニ「メデア」、ドレスデン・ゼンパーオーパーのチャイコフスキー「スペードの女王」、サヴァール指揮のモンテヴェルディ「ポッペアの戴冠」(リセウ大劇場)、グノー「ロメオとジュリエット」(パリ・オペラ座)などが注目公演。オーケストラは、ハーディング指揮シュターツカペレ・ドレスデンのマーラー「大地の歌」が通常公演の中では注目度高し。●【夏の音楽祭】(7月分)〔Ⅰ〕オーストリア まずは「ザルツブルク音楽祭」。7月に恒例の「OUVERTURE SPIRITUELLE」シリーズ。今年のテーマは「Lux Aeterna」(永遠の光)。このテーマの下に、メッツマッハー指揮SWR響、クラングフォルム・ウィーン、ムニエ指揮ヴォクス・ルミニス、ホーネック指揮カメラータ・ザルツブルク、ファン・ネーヴェル指揮ウエルガス・アンサンブル、サヴァール指揮コンセール・デ・ナシオン、ティーレマン指揮ウィーン・フィルといったアンサンブルが、モンテヴェルディやバッハからメシアン、リゲティ、グバイドゥーリナといった現代まで宗教・世俗を超えた音楽世界を12のコンサートで展開する。ザルツブルク音楽祭では豪華な歌手によるオペラ公演やオーケストラ公演に目を奪われがちだが、7月中のこのシリーズは、今年も、間違いなくこの音楽祭の存在価値を支えるコンテンツの一つと言って過言ではない。もちろん、その他のモーツァルト「フィガロの結婚」(ピション指揮)やヴェルディの「マクベス」(ウェルザー=メスト指揮)、エマールによるベートーヴェンのバガテル集やリゲティの練習曲集、レヴィットのピアノ・リサイタル、コパチンスカヤ中心の室内楽なども音楽祭を彩る要注目公演。 湖上オペラで有名な「ブレゲンツ音楽祭」。祝祭劇場の方では例年、上演頻度のまれな「珍品オペラ」が選ばれてきたが、今年はヴェルディの初期の傑作「エルナーニ」。「珍品」でなくとも、これはこれで大いに期待を呼ぶ。「ケルンテンの夏音楽祭」では、「ハープの貴公子」とも評されるドゥ・メストレが華を添える。〔Ⅱ〕ドイツ 「ミュンヘン・オペラ・フェスティバル」では、新演出はプリンツレゲンテン劇場で上演されるヘンデル「セメレ」だけ。あとはB.ディーン「ハムレット」、プロコフィエフ「戦争と平和」、モーツァルト「コジ」、ワーグナー「ローエングリン」、ヴェルディ「アイーダ」等々、全て2022/23シーズン中にプレミエになった作品の再演となっている。ペトレンコ時代のR.シュトラウス「サロメ」、ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」も含めて「近年の新演出集」といった何やら回顧展のような趣を醸し出している。ただ、最終日7月31日がヴェルディ「ドン・カルロ」というのは、長くワーグナーの「マイスタージンガー」に馴染んできた人間にとっては、若干の違和感を感じるところはあり。「バイロイト音楽祭」は、AR(拡張現実)を取り込んだ新演出の「パルジファル」がまず話題とはなる。ARゴーグルを利用できる一部の観客は、そのゴーグルを通して見る画像と実際の舞台との連携により拡張現実が体験できるという。とか何とか言ってみても、こればかりは実際の現場に行かないと説明困難。どうなることか。なお、「リング」の方は、やっと本来の指揮者であるインキネンが4作全てを振る。 今年は「ヘレンキームゼー音楽祭」を新たに取り上げた。ルートヴィヒ2世により建設されたヘレン・キームゼー城も会場の一つという観光価値抜群の音楽祭。ケント・ナガノが複数のアンサンブルを指揮するほか、バーゼル室内管やイル・ジャルディーノ・アルモニコなどによる魅力的な古楽演奏会も並ぶ。4月からの開催となる「ルール・ピアノ・フェスティバル」は、7月にはキーシンやブニアティシヴィリが登場して音楽祭の終幕を飾る。ヨーロッパでしか聴けないピアノのレジェンド、グリゴリー・ソコロフは「シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭」、「ラインガウ音楽祭」、「キッシンゲンの夏音楽祭」と連続して登場。その「キッシンゲンの夏音楽祭」では、ケント・ナガノ指揮のベルリン・ドイツ響、ビシュコフ指揮のチェコ・フィル、ティーレマン指揮のバイエルン放送響と大所の競演もある。「シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭」や「MDR音楽の夏」といった広域音楽祭は、本文だけでは全部掲載できていないのでホームページをご参照のほど。バーデン・バーデンの「夏の音楽祭」ではネゼ=セガンがメトロポリタン歌劇場管を指揮するオペラ・コンサートに加えて、ピアノの独奏・伴奏でも大活躍。〔Ⅲ〕スイス 例年通り「グシュタード・メニューイン・フェスティバル」と「ヴェルビエ音楽祭」という山岳スキーリゾート地で行われる代表的2大音楽祭を掲載した。前者では、7月中はフライブルク・バロック管、ゲヒンガーカントライなどの古楽系アンサンブルに面白そうなものが並ぶ。後者は演奏会数の多さに圧倒される。メータやマケラの指揮、キーシンや藤田真央のピアノ、カプソンやバティアシュヴィリのヴァイオリン、エベーヌ弦楽四重奏団等々、多種多彩でどれも外せないコンサートの連続。凄い。〔Ⅳ〕イタリア イタリアでは、ローマ歌劇場の夏の定番「カラカラ浴場」公演が残念ながら現段階では未発表。「フィレンツェ五月音楽祭」は、6月から7月にかけてのワーグナー「マイスタージンガー」の公演がフォッレやフォークトの出演でいかにも盛り上がりそう。玄人好みの選曲で毎年注目を浴びる「マルティナ・フランカ音楽祭」は今年もマスネ、アウレッタ、ロンバルド等の作曲による珍しい曲を並べる。「ヴェローナ野外音楽祭」は言わずもがなの有名野外音楽祭。〔Ⅵ〕フランス 今年の「エクサン・プロヴァンス音楽祭」はサイモン・ラトルとロンドン響が主役の一角。オペラではベルクの「ヴォツェック」、オーケストラではマーラーの交響曲第7番が聴きもの。その他、常連となったヘンゲルブロックはモーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」やベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」を演奏。マキシム・パスカルの振るヴァイル「三文オペラ」では、コメディ・フランセーズのメンバーが起用されるという興味深い公演。昨年から使われ始めた、マルセイユ空港とエクサン・プロヴァンスの間のVitrolles(ヴィトロル)地区にある黒いコンクリート造りの多目的ホールStadium de Vitrollesでは、話題の才人指揮者クラウス・マケラがストラヴィンスキーのバレエ曲をもとに音楽と映像を融合させた興味深い作品を上演する。「サント音楽祭」ではヘレヴェッヘ、クリスティ、ニケといった古楽系の名匠たちが揃って登場。ただ、古楽系随一の夏の音楽祭である「ボーヌ・バロック音楽祭」が本稿執筆時点で未発表なのは残念だ。〔Ⅷ〕イギリス 「グラインドボーン・オペラ・フェスティバル」では、コスキーの演出するプーランク「カルメル派修道女の対話」(ロンドン・フィル)と、ルクスが指揮するヘンデル「セメレ」(エイジ・オブ・エンライトメント管)が面白そうだ。その他、◎印こそ付けてはいないものの、フィルハーモニア管がピットに入る「ガージントン・オペラ」は日本ではほとんど知られていないと思われるので、ご興味のある方は、この際ホームページで検索してみていただきたい。(以下次号) (曽雌裕一・そしひろかず)(コメントできなかった注目公演も多いので本文の◎印をご参照下さい)2023年7月の
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