東京・上野公園周辺のコンサートホール、美術館などを会場に、まさに桜の季節に毎年開催される「東京・春・音楽祭」。オペラから子ども向けの企画まで豊富なプログラミングが魅力だが、聴き逃せないのが実力派演奏家たちによる一期一会とも言える〈室内楽〉の公演だ。2023年で特に注目されるのは、21年からミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターとして活躍中のヴァイオリニスト・青木尚佳と、同じくミュンヘンに拠点をおくふたりの弦楽器奏者が弦楽三重奏を組むコンサート。プログラミングと公演への抱負を青木に訊いた。 「チェロのウェン=シン・ヤンとは以前通っていたミュンヘン音楽大学で顔を合わせていて、2018年に日本でデュオの演奏会を開きました。その後コロナ禍で公演が無くなり、共演を再開するにあたって、私の方から弦楽トリオを演奏したいとオファーしました。そこで、ミュンヘン・フィルの同僚で最も信頼のおけるアーティストであるヴィオラ奏者のジャノ・リスボアに声をかけ、いよいよ3人での演奏会が実現します」 チェロのヤンはジュネーヴ国際コンクール・チェロ部門の優勝者で、バイエルン放送交響楽団の首席チェロ奏者を務め、その後ミュンヘン音楽大学で後進を育てている。ヴィオラのリスボアは様々なコンクールに入賞した後、ミュンヘン・フィルの第1首席ヴィオラ奏者として活躍している。人口140万人ながら、世界的に評価されるオーケストラと、常に話題を集めるオペラハウスを擁する南ドイツの中心都市ミュンヘンを、音楽的に支えている3人の共演ということになる。 プログラムもまた凝っていて、ドホナーニの「セレナーデ ハ長調」、コダーイの「ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲」、そしてモーツァルトの傑作「ディヴェルティメント 変ホ長調」というラインナップだ。 「この中で、ドホナーニの弦楽三重奏のための『セレナーデ』はあまり知られていない作品かもしれません。私自身、昨年この曲を知り、ミュンヘンの仲間たちと演奏する機会がありましたが、最初はどこか田舎の踊りのようなイメージがあり、次第にハンガリー独特のリズムや調性、哀愁を帯びたメロディなどが登場してきます。全5楽章ですが、第3楽章のスケルツォはとてもスリリングで、弾き手はヒヤヒヤしながら演奏しています。またヴィオラがメロディを担当する部分が多いなど、ひとつの軸となっている点も特徴かもしれません。 コダーイの『二重奏曲』はウェン=シンと2018年のコンサートで演奏した思い出の曲で、前半を同じハンガリー出身のドホナーニとコダーイでまとめてみるのは面白いなと思いました。また、モーツァルトの弦楽トリオはコロナ禍に演奏する機会があり、その作品の難しさ、美しさ、構成力の虜になりました。そこで、この3人で演奏してみたいと私から提案しました」 ミュンヘンは東京に較べれば10分の1ぐらいの規模の都市だが、その中に優れた演奏団体がひしめいている。 「音楽大学に優れた教授陣がいて、オーストリアにも近いということが、ミュンヘンの音楽界を活性化している点かもしれません。ミュンヘン・フィルの団員はとても仲が良く、いつも和やかな雰囲気で過ごしています」 彼女が東京・春・音楽祭で初めて演奏したのは2016年のことで、その時はチェロの伊藤悠貴との共演だった。20年にもイザイの無伴奏ソナタのコンサートが予定されていたが、残念ながら中止となり、今回は2度目の音楽祭への出演となる。 「東京春祭はオペラ、オーケストラ、室内楽、そしてソロ公演と、本当に幅広く、魅力的な音楽祭だと感じています。ちょうど桜の咲く時期に開催されるという点も素敵です。演奏家としてだけでなく、一聴衆としても音楽祭に参加したいと思っています」 ミュンヘンで活躍する3人の弦楽器奏者たちの熱演を、ぜひ身近な距離で体験してほしい。 Profile2014年、パリで行われたロン=ティボー=クレスパン国際コンクールで第2位受賞以来、本格的な演奏活動を開始。海外での活動の場を広げるとともに日本国内においても数多くのオーケストラに招かれる。21年よりドイツの名門ミュンヘン・フィルのコンサートマスターに就任しさらに活動の場を広げている。桐朋学園大学、英国王立音楽大学、ミュンヘン音楽大学などで研鑽を積み、堀正文、藤川真弓、堀米ゆず子、アナ・チュマチェンコなど各氏に師事。14年6月には、スイス国際音楽アカデミーに参加し、小澤征爾氏の薫陶を受けた。使用楽器はアントニオ・ストラディヴァリ 1713年製“Rodewald”。35取材・文:片桐卓也ミュンヘンで活躍する弦楽器奏者による強力トリオが実現
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