eぶらあぼ 2023.2月号
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33 ベルリン・フィルの第1コンサートマスターを10年以上務めながら、ソリストとしても活躍を続ける世界的ヴァイオリニスト・樫本大進。彼はこの1〜2月日本で、フランス屈指の名ピアニスト、エリック・ル・サージュと「シューマン&ブラームス 全曲ヴァイオリン・ソナタ・チクルス vol.1」を行う。 このチクルスは、「樫本大進〈プレミアム室内楽シリーズ〉」のvol.1でもある。 「ブラームスとシューマンのヴァイオリン・ソナタ全曲をやりたいという強い希望から始まったシリーズです。二人のソナタの後は、三、四、五重奏なども考えています。私は室内楽が大好きで、日本でも単発の公演やル・ポン国際音楽祭などで演奏してはいるのですが、東京および全国で本格的なコンサートを行いたいと思いました。そこにソナタを入れたのは、デュオも室内楽であることを明示したかったからです」 シューマン&ブラームスで始めるのは、「ル・サージュとのコンビありき」だという。 「20年ほど前にエリック(ル・サージュ)と初めて弾いたのがブラームスのホルン三重奏曲でした。その時以来彼のブラームスが大好きで、エリックは全集(ピアノのソロと室内楽曲)を録音するなど、シューマンのスペシャリストでもあります。しかも二人のソナタは、ほぼすべての曲を(別々の機会に)共演しているので、ここでまとめて演奏したいと思いました」 ル・サージュとの付き合いは長く深い。しかも彼はドイツものを得意としている。 「出会いから20年、デュオや室内楽でほぼ毎年共演しています。なのでもっとも共演回数が多いピアニストかもしれません。彼は器の大きい演奏家で、なんでも受け入れてくれます。しかも音楽が自然な流れを持っているので、とてもやりやすい。また日本では以前、一番に演奏したかったフランスものを共演しましたが、エリックは、地元フランスではドイツものが得意なピアニストと評されていますし、ドイツで教授を務めてもいます。加えてイギリスでも勉強し、ジャズもこなすなど、あらゆる音楽に対応できる奏者です」 ブラームスもシューマンも、ソナタのチクルスを行うのは、樫本自身今回が初めてだ。 「この二人には深い繋がりがあり、また違う色もあるので、単独ではなく両者を組み合わせたチクルスが面白いのではないかと考えました。私の中で中取材・文:柴田克彦 撮影:寺司正彦心的な存在なのが『F.A.E.ソナタ』(シューマン、ブラームス、ディートリヒの合作。次回演奏される)。最後はそれに繋がるとの意識もあります。ともにドイツ・ロマン派ですが、シューマンはブラームスの一時代前に位置し、精神的にだんだんと弱っていって、1番と3番では正反対のソナタになります。そこがブラームスと違う点。ブラームスの方は、バッハから続くドイツ語圏の王道にして一つの頂点であり、魂をこれでもかと掴まれる音楽。どんな人でもいかなる状況でも感動できます」 今回は、シューマンの第1番、ブラームスの第2番、シューマンの第3番、ブラームスの第3番の順で4つのソナタが披露される。 「プログラムは通して聴きやすいようにも組んでいます。シューマンの1番は非常に情熱的でチャーミングですが、3番になると精神的に病んだ部分が現れ、途中までは綺麗なのに最後は魂が別の世界に行ってしまいます。ブラームスの2番はパストラーレ。自然の中にいるような曲で、私はブラームスのソナタの中で一番好きです。でもすぐ後に書かれた3番はまったく異なり、人間的なドラマが含まれています。二人が、似た地点から始まって、まったく違う境地にたどり着くのも興味深いですね。このチクルスはそこも聴きどころだと思います」 彼は21年秋から、株式会社クリスコ(志村晶代表取締役)より新たに貸与された1744年製デル・ジェス「ド・ベリオ」を弾いており、今回のツアーは東京以外ではこの楽器の初披露となる。 「いい楽器に出会うことができました。芯が太くて奥深い、腹の底から湧き出るような音がしますし、音色のオプションが増えたように感じます」 あらゆる意味で大注目のこのツアー。聴き逃せないとの思いしきりだ。Profileフリッツ・クライスラー、ロン=ティボーの両国際音楽コンクールでの1位など、5つの権威ある国際コンクールで優勝。マゼール、小澤征爾、ヤンソンス、P.ヤルヴィなど著名指揮者のもと、国内外のオーケストラと共演。室内楽でも、クレーメル、堤剛などと共演を重ね、現在、兵庫県で「ル・ポン国際音楽祭〜赤穂・姫路」を音楽監督として率いている。主なCDに、『ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全集』(ワーナー・クラシックス)など。2010年にはベルリン・フィル第1コンサートマスターに正式就任。ソリスト活動と並行し、ヨーロッパ楽壇の最前線で活躍している。これまで、恵藤久美子、田中直子、ザハール・ブロン、ライナー・クスマウルに師事。盟友をパートナーに迎えて臨む大注目のソナタ・チクルス

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