eぶらあぼ 2023.1月号
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29取材・文:藤本真由 撮影:吉田タカユキ 王女と奴隷の心の葛藤と愛を描く『金色の砂漠』、ベートーヴェンとナポレオンの幻の魂の交歓を描く『f f f -フォルティッシッシモ-』等、宝塚歌劇団在団中に数々の話題作を手がけ、その活躍が注目されてきた演出家、上田久美子。22年3月、新たな活動の場を求めて宝塚を退団した彼女が、全国共同制作オペラ《道化師》《田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)》(指揮:アッシャー・フィッシュ、管弦楽:読売日本交響楽団(東京)、中部フィルハーモニー交響楽団(愛知))でオペラ演出に初挑戦する。 「本当は、一度インプットの期間をとってから新たに舞台に取り組みたいと思っていましたが、オペラは思ってもみなかったジャンル。これを逃すと再び演出する機会があるかわからない、挑戦してみたいなと思いました。オペラは、文楽や歌舞伎をはじめとする日本の伝統芸能と少し似ていて、有名なアリアですとか、エネルギーが爆発する“ここ”という山場があるけれども、そこに感情を持っていくまでの話の展開が現代の観客にとって難しいところがあるのかなと感じています」 今回の演出は一つの役を歌手と役者(ダンサー)の二人で演じる趣向になっており、《道化師》のカニオ(加美男)はアントネッロ・パロンビ&三井聡、《田舎騎士道》のトゥリッドゥ(護男)はパロンビ&柳本雅寛が演じる。 「私自身、オペラは海外に行った際などに本数を観てはいるのですが、曲を聴いただけで『来た!』と思えるところまではまだたどり着けていなくて。そんな入門レベルの観客でも楽しめる舞台にしたいなと思いました。現代日本の観客にとって、過去の時代のイタリアで起きるキリスト教社会における人間ドラマは遠すぎて入っていけないところがある。話のテンポ感も、展開の早いものに慣れてしまっていると遅く感じられ、集中力が削がれてしまうかもしれない。それを防ぐために、常に何かが起こり続けて情報が入ってくる状態にしたいなと思い、歌手がフォーマルな衣裳で19世紀イタリア人の心情を歌い、普段着を着ているダンサーが現代日本人の心性と動きを見せる、二重に世界がある形にしようと。文楽の太夫と人形のような関係性ですね」 客席に向かって張り出す形で舞台左右に花道が設置され、《道化師》の役者(ダンサー)たちは現代大阪の下町に巡業してくる大衆演劇の一座に扮する。文楽にヒントを得た試みも、作品を今の時代に上演する意味を見据えてのことだ。 「日本で上演する以上、日本ならではの楽しみ方にしてみたいなと。実際の殺人事件がもとになっていると言われる今回の2作品ですが、歌舞伎や文楽も現実の出来事を題材にしたりしていますよね。そして、残虐な殺しの場面に、歌舞伎や文楽を観ていて受ける泥臭さに通じるものを感じるんです。ヴェリズモ・オペラ初演当時、生々しい、野性的な世界の真実を観客に見せつけるショックがあったと思うんです。当時のイタリアは貧困が深刻化していて、地方の貧しい生活を題材にしたヴェリズモ・オペラが流行したとか。今の私たちが同じショックを受けるようアダプテーションするには、普段の生活で見ようとしていない社会の暗部、不可視の人々を見せるのが必要なのではないかと。どちらの作品も、貧しいコミュニティの閉鎖的な人間関係の中で恋愛に依存して、そこで捨てられたらもう誰も自分の存在を認めてくれる人がいなくなるみたいな話ですよね。それも決して美男美女の大恋愛ではない。普通は主役になりえないような、狭い社会にしか居場所を見つけられない、不可視な一般人の物語であって。今回、字幕も、オーソドックスな翻訳と、関西弁の意訳と2つ出そうと思っています」 2作品とも同じ町を舞台に展開、両作品に出演するダンサーのやまだしげきと川村美紀子は「共同体からはぐれてしまった象徴」である路上生活者として登場する。大阪で撮影した宣伝写真の上にはグラフィティ風の「みんなさみしいねん」の文言が踊る。 「大衆演劇の一座に今回体験入団したんですが、よく旅役者の人が『お客さんはみんなさみしいからね』と言うのにどきっとして。今回の2作品とも、描かれている深層心理に、人間が群れからはぐれることを恐れる気持ちがあるのかなと感じています」Profile奈良県出身、兵庫県在住。戯曲家、演出家。京都大学文学部フランス語学フランス文学科卒業後、一般企業勤務を経て、演出助手として宝塚歌劇団入団。『月雲の皇子 ■衣通姫伝説より■』(2013年宝塚歌劇団月組)で初の脚本・演出を手がける。 『翼ある人びと ■ブラームスとクララ・シューマン■』(14年宝塚歌劇団宙組)、『桜嵐記』(21年宝塚歌劇団月組)で、それぞれ第18回、第25回鶴屋南北戯曲賞にノミネート。『星逢一夜』(15年宝塚歌劇団雪組)で第23回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。オリジナル脚本での確かな筆力と美しくダイナミックな演出が評価されてきた。22年、新しく幅広い表現を求めて宝塚歌劇団を退団、フリーランスに。数々の話題作を生み出してきた気鋭が、宝塚退団後の初演出で描く「ヴェリズモ・オペラ」と「現代日本」

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