eぶらあぼ 2022.11月号
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 「魅力的なヤカラ(輩)」にはワルの匂いがする。オペラでは悪魔メフィストが引く手あまた。女性なら「ダマスカスの魔女アルミーダ」が人気者。これまで何十人もの作曲家が彼女の恋愛譚をオペラ化した。もとはタッソの叙事詩『エルサレム解放』で、十字軍の猛者をイチコロにする艶めかしい女性である。 事実、かのモンテヴェルディからドヴォルザークの作まで、アルミーダは実に、70作ものオペラに登場。18世紀ならグルック、19世紀はロッシーニが手掛けたが、これらには「原点」が存在する。それが、17世紀のリュリの手になる、プロローグ付き全5幕の歌劇《アルミード Armide》(1686、フランス語)。こちらは音楽も見事だが、台本作者キノーの腕前がそれは著しく、後代の文人も彼の筋運びを真似てきた。 《アルミード》では、当時の慣習により、歌のみならず全編に舞踊がちりばめられ、プロローグでは「栄光」「叡智」「憎しみ」といった概念が擬人化されて対話。本編では魔女が敵将ルノーにひとめ惚れ。殺そうとして果たせず、左より:寺神戸 亮 ©Tadahiko Nagata/ピエール=フランソワ・ドレ/クレール・ルフィリアートル ©Sebastien Brohier/フィリップ・タルボ二人で恋のときを過ごすが、「魔力で彼を得たなんて、私の恥!」としおらしいことも言う。しかし、騎士たちの援けでルノーは出立。絶望したアルミードは、空飛ぶ馬車で後を追う。 ちなみに、劇中の彼女の言は、楽譜のどのページも共感できるほどに理性的。「こんなに気高く、かつ、理解しやすい女心もない」と思えるほどだが、そこにリュリが劇的な音楽を付け、第2幕終盤のモノローグ(「出来るなら彼を憎みたい!」と魔女が絶叫)のような屈指の名場面が生まれている。 来る12月、この傑作を北とぴあ国際音楽祭がついに上演(セミ・ステージ形式)。バロック・ダンスの雄ピエール=フランソワ・ドレが舞台を構成し、キャスティングでは、主演ソプラノのクレーリュリ作曲 オペラ《アルミード》(セミ・ステージ形式/フランス語上演・日本語字幕付)12/9(金)18:00、12/11(日)14:00 北とぴあ さくらホール芸大とあそぼう in 北とぴあ「ハロウィン村のかぼちゃの木」11/5(土)11:00 14:00 北とぴあ さくらホールレゼポペ来日公演 〜夜のままで Let the night be long〜11/18(金)19:00 北とぴあ さくらホール問 北区文化振興財団03-5390-1221 https://kitabunka.or.jp/himf/※音楽祭の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。左より:与那城 敬 ©Hiromi NAGATOMO/レ・ボレアード ©K.Miura/ステファン・フュジェ ©Etienne Charbonnierル・ルフィリアートルとテノールのフィリップ・タルボを与那城敬ほか日本の名歌手たちが囲む。寺神戸亮(指揮&ヴァイオリン)も古楽演奏集団レ・ボレアードとともに流麗かつ烈しく奏でるはず。格調高くもドラマティックな《アルミード》にぜひ触れてみて欲しい。 なお、音楽祭は11月初旬に始まり、東京藝術大学の学生&卒業生が歌、ダンス、芝居を交えて子どもたちにおくるスペシャル公演「芸大とあそぼう」(11/5)や、鍵盤楽器奏者ステファン・フュジェ率いる古楽グループ「レゼポペ」と先述のルフィリアートルがフランス宮廷歌曲を披露する夕べも開催(11/18)。レゼポペのしなやかな音世界と、先述のレ・ボレアードの引き締まった響き、その対照の妙も味わってみたい。文:岸 純信(オペラ研究家)86北とぴあ国際音楽祭2022精鋭たちによって甦る、フランス・バロック・オペラの傑作

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