35取材・文:柴田克彦常に心動かされる作品であり、マーラーはハンマーの音を用いることで自身の『悲劇的』な将来を先取りしているともいえるでしょう」 次いでショスタコーヴィチの交響曲第5番。 「ショスタコーヴィチの交響曲全曲録音は、現在進行中のボストン響とのプロジェクトの一つで、何枚かはグラミー賞を受賞しています。第5番は彼の交響曲の中でもっとも有名ですが、それは政治的な意味だけでなく、力強さと勝利がうたわれているからです。このスターリン政権下のソ連当局の攻撃に対するショスタコーヴィチの回答を、批評家も観客も高く評価しました。曲の風刺的な意図はさておき、その成功が彼に及ぼした影響は否定できません」 そしてR.シュトラウスの「アルプス交響曲」。 「シュトラウスの実質的な最後の交響詩であり、同時にもっとも優れた作品と言ってよいかもしれません。この曲は音楽以外の事象を描写する彼の能力の高さを示す好例です。それはニーチェの哲学に基づいていると同時に、若き日の実体験にも根ざしています」 他の作品も興味深い。 「ショウの『Punctum』(日本初演)は、ボストン響が最近委嘱した作品の一つです。キャロライン・ショウはピューリッツァー賞を受賞したアメリカ人女性作曲家。我々は今年7月にこの作品の新しい管弦楽版を初演しました。バッハに想を得た本作はもともと弦楽四重奏のための曲で、内容は『マタイ受難曲』の一つのモーメントをめぐる瞑想と考えることができます。このほか、ベートーヴェンのピアノ協奏曲『皇帝』を、世界最高のピアニストの一人である内田光子さんと演奏します。ベートーヴェンの音楽語法への造詣の深い内田さんと共演できることは大きな喜びであり、私たちも彼女から多大なインスピレーションを受けることでしょう」 この来日公演、まさに必聴というほかない。Profile2014/15シーズンよりボストン交響楽団の第15代音楽監督に就任、18年2月にはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスター(楽長)にも就任した。ボストン響とは、ショスタコーヴィチ交響曲全曲録音のプロジェクトを行っており、これまでに3つのグラミー賞を獲得。20/21シーズンは、COVID-19パンデミックの中で、ボストン響の配信プラットフォーム「BSO NOW」を通じて配信された、シンフォニーホールにて収録の15公演のうち、6公演で同楽団を指揮。20年1月にはウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを指揮し、その様子は世界中に届けられた。日本の皆さまとの再会は大きな喜びです 今秋、ボストン交響楽団が日本公演を行う。指揮はアンドリス・ネルソンス。同楽団の音楽監督とライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスター(楽長)を務める彼は、もはや世界のトップ指揮者の一人と言っていい。 「私の時間は、主にボストンとライプツィヒに分かれています。ただ特に決まった割合はなく、ウィーン・フィルやベルリン・フィルなど以前から共演してきたパートナーとの仕事もバランスよく組み込むようにしています。また2017年から2つの楽団の間に提携関係が結ばれ、共同委嘱や奏者または楽団全体の相互訪問を行っていますし、最近では両楽団の演奏によるR.シュトラウスの主要管弦楽作品のCDセットをリリースしました。なので私はこのパートナーシップをとても誇りに感じています」 ボストン響は140年以上の歴史を誇るアメリカ屈指の名門だ。 「ボストン響は、豊潤で温かみがあり、フレキシブルかつ透明な音色で知られています。その長い歴史からヨーロッパ音楽の伝統を顕示すると同時に、レガシーやレパートリーはアメリカのオーケストラの特色も反映しています。楽員たちは最高クラスの芸術的水準に達しており、お互いに息がぴったり合い、いかなる難曲にも立ち向かえます。それにこれまでの数シーズンのコラボレーションを通して、私たちは互いの関係と信頼を深めてきました。そのケミストリーは聴衆にも感じていただけていると思います」 当コンビの日本公演は2017年以来5年ぶり。しかもコロナ禍以降では初となるアメリカのオーケストラの来日公演となる。 「世界はパンデミックや様々な問題によってまったく変わってしまいました。ここ数年、我々は多くの犠牲を強いられてきましたので、日本の皆様との再会はとてもエモーショナルなものになるでしょう。舞台上の奏者たちも観客の皆さんも、生の演奏で心をひとつにすることの力に、今まで以上に感謝すると思います」 各プログラムのメイン曲は渾身の大作ばかりだ。まずはマーラーの交響曲第6番「悲劇的」。 「私が初めてボストン響を振ったのは2011年。急な代役でマーラーの交響曲第9番を指揮し、彼らがマーラーの音世界に対して深い親和性をもつことを実感しました。第6番は、私がボストン響の音楽監督としての最初のシーズンに何回も指揮した曲。非
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