eぶらあぼ 2022.10月号
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「この時代だからこそ必要な『他人に共感するエネルギー』を示すこと。そしてこの時代を身体を通して感じ、語ることで、観客の胸の中に様々な感情を沸き立たせたい。それが振付家である僕がこの作品を『いま』演出する意味だと思っています」77Interview平原慎太郎(演出/振付)21世紀に蘇る前衛オペラの傑作 2025年に開館50周年を迎える神奈川県民ホールが記念事業第1弾に選んだのは《浜辺のアインシュタイン》。この舞台芸術の金字塔に挑む平原慎太郎に意気込みを聞いた。 「初演版(1976年。92年に再演版が来日)は、ミニマル音楽の巨匠フィリップ・グラスと演出家ロバート・ウィルソン、振付にルシンダ・チャイルズと、時代を象徴するスター達が出会った奇跡のオペラです。ただ、今回も権利の関係でタイトルに『フィリップ・グラス/ロバート・ウィルソン』と入っていますが、僕の新演出・振付ではまったく違った物になると思います」 初演版はとにかく規格外の伝説に満ちていた。上演時間は約4時間で観客の出入りは自由。台詞はあるものの明確な物語は存在せず、歌詞は数字とドレミのみ。音楽とダンスはミニマルに同じフレーズを繰り返す。裁判所や列車など様々なシーンはあるがいずれもイメージであり、なにより役としてのアインシュタインは登場しない。全編が詩のようで「イメージのオペラ」と呼ばれている。そこへ平原はどう挑むのか。 「たとえば音楽のミニマルな繰り返しは、ヒップホップを通過した僕らの世代からするとラップのように響く。『イメージの断片』と言われる演出も、彼らなりの筋が浮かんでくる。初演版で難解とされていても、いまは身近に感じられることが多々あります。初演版には敬意をもって取り組みつつ、独自の世界観を打ち出していきたいですね」 じつは本作を独自の演出で上演した前例はすでにある。たとえば2019年ジュネーブのダニエレ・フィンジ・パスカ演出版などは現代サーカス要素も満載だ。 「どの版もバラバラなのではなく、同心円状に同じ場所を回っているのだと思う」 出演者についてはどうだろうか。 「ダンサーはバレエやコンテンポラリーからストリートダンスまで多種多様。さらに世界的なバレエ団で活躍してきた中村祥子さんも登場します」 俳優の松雪泰子、田中要次、両名の登場も話題だ。 「本作のテキスト部分(翻訳:鴻巣友季子)は意味のない単語の羅列と言われていますが、意味が通じている箇所もある。そこはしっかり聞かせたいのでプロの俳優にお願いしました」 指揮はオペラで世界の巨匠たちと実績を重ねてきたキハラ良尚である。 「キハラさんは『この作品は電子オルガンが2台、フルートにバスクラリネットやサクソフォンと、楽器の編成がスペシャルなんですよ!』と熱く語る方で、様々な相談に乗ってもらっています」 世界的に活躍するヴァイオリニスト辻彩奈についても平原は、「弾いている身体はまるで重心が座ったダンサーのようで、音色もエネルギーに満ちている」と絶賛している。 ポスターのイラストは平原が大ファンの大友克洋(『AKIRA』など世界的に有名な漫画家)に依頼したもの。 「ドンピシャでした。この冥(くら)い空の下の海には『終末ではないが、何かが終わる感じ』がするんですよね」 もはや世界大戦の危機すらも「起こりうる未来」として身近なものになってしまった今、再び本作を演出する意義を平原はどう捉えているだろうか。神奈川県民ホール開館50周年記念オペラシリーズVol.1フィリップ・グラス/ロバート・ウィルソン《浜辺のアインシュタイン》〈一部の繰り返しを省略したオリジナルバージョン/新制作/歌詞原語・台詞日本語上演〉10/8(土)、10/9(日)各日13:30 神奈川県民ホール問 チケットかながわ0570-015-415 https://www.kanagawa-kenminhall.com/einstein取材・文:乗越たかお(作家・ヤサぐれ舞踊評論家)©Hajime Katoイラスト:大友克洋

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