29取材・文:片桐卓也 写真:野口 博 ブラームスが生きていた時、自分の作品を実際にどんな音、演奏で聴いていたのだろう? 音楽好きなら興味を持つテーマのはずだ。ブラームスが弾いていたピアノは数々の研究で明らかにされているが、その中でもウィーンの自宅アパートメントに所有していたのがJ.B.シュトライヒャー(1870年代のウィーン式ピアノ)であった。それと同型モデルが日本に保存されており、そのピアノを囲んで、ガット弦を張った弦楽器の名手がブラームスの室内楽を演奏するという貴重なコンサートが開催される。出演するのは佐藤俊介(ヴァイオリン)、鈴木秀美(チェロ)、スーアン・チャイ(フォルテピアノ)というヨーロッパでも活躍する3人だ。「バロック時代、古典派時代の音楽を当時の楽器で演奏するというコンサートは当たり前になってきていますが、ロマン派時代の音楽を当時の楽器、スタイルで演奏するというコンサートはまだまだ少ないと思います。せっかく日本に良いシュトライヒャーがあるのだから、それを使ってブラームスを演奏しようというこのプロジェクトが始まったのは2017年のこと。浜離宮朝日ホールの『アフタヌーンコンサート』でブラームスの『ピアノ・トリオ第3番』を中心に、ヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタなども演奏しました」 と語ってくれたのは佐藤俊介。オランダ・バッハ協会の音楽監督としても多忙な佐藤は、ガット弦で弾くブラームスの魅力をこんな風に教えてくれる。 「まず19世紀当時のピアノの音色には透明感があります。モダンのピアノ、スチール弦の弦楽器同士だと、どうしても弦楽器とピアノが音を鳴らし合ってしまうような雰囲気になりますが、19世紀のピアノだと、その透明な音色の中に弦楽器のラインがスッと溶け込んでいける。現在、ブラームスの音楽はとてもドラマティックで、パワフルな音楽のように感じられていますが、実際はとても変化に富んだ音楽です。テンポの面でもそうだし、音色の面でもそう。それを3人が感じ合って、アンサンブルをする。そこにきっと新鮮なブラームスの音楽が現れてくると思っています」 11月21日に浜離宮朝日ホールの開館30周年記念として開催されるコンサートでは、ブラームスの「ピアノ三重奏曲第2番」と「第1番」、そしてシューマンの「幻想小曲集 op.73」も加えられる。「浜離宮朝日ホールは、こうしたガット弦とフォルテピアノの共演にぴったりなホールです。音楽の細かな部分まで客席に届いているという実感がありますし、それを演奏者にフィードバックしてくれる優れたホールです。そのアコースティックにも助けられながら、ブラームスの魅力を伝えたいですね」 演奏にガット弦を使う場合の特徴についても聞いた。「ガット弦とスチール弦の違いをあえて喩えれば、ガット弦が筆、スチール弦がボールペンと言えるでしょう。ボールペンは本当にいつでもすぐにスッと字が書けます。筆の場合は、まず墨をする時間も必要ですが、そこから自分の筆圧で、濃淡、かすれ具合など、どんなニュアンスでも表現できる。そんな違いがあると思います。実は普段から僕は鉛筆、それも3Bとか4Bなど、柔らかい鉛筆を使ってメモをしているのですが、それもガット弦を使うことに通じているかもしれません」 そうした自在な表現が可能なガット弦でブラームスを演奏する時、そこにはどんな世界が広がるのだろう。「ブラームスの作品が初演された時の記録などもたくさん残っていますし、古い録音などの演奏も参考になります。楽譜もきちんと書かれているので、その通りに演奏すれば良いと思われがちですが、実際にはその残された譜面にはたくさんのニュアンスが隠されているのです。それを演奏しながら読み解いていくと、より何層も深い世界が現れてきます。おそらく、みなさんが普段聴いているブラームスの室内楽とはちょっと違った印象を与えるかもしれませんが、ぜひそれを楽しんでいただきたいです」 このトリオと一緒に、ブラームスの居た時間へ私たちも帰ろう。Profileモダン、バロック双方の楽器を弾きこなすヴァイオリニストとして、活発にコンサート活動を行っている。バロック・ヴァイオリン奏者としては、コンチェルト・ケルンおよびオランダ・バッハ協会のコンサートマスターを務める。モダンの分野では、日本の主要オーケストラはもちろん、ベルリン・ドイツ・オペラ管、バイエルン放送響、フィラデルフィア管などと共演。2010年第17回ヨハン・セバスティアン・バッハ国際コンクールで第2位および聴衆賞受賞、第70回芸術選奨文部科学大臣新人賞などを受賞。13年よりアムステルダム音楽院古楽科教授を務める。18年6月1日より、オランダ・バッハ協会第6代音楽監督に就任。19年9月から10月に行われた、オランダ・バッハ協会管弦楽団の日本ツアーを成功させた。ピリオド楽器の名手3人が導くブラームスの奥深い世界
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